第3話 即席の修道女(シスター)
木立の中、サルカンが戻ってきた。ザックを背負い、腰に短棒。木漏れ日の中を軽やかに駆けてくる。
彼が手を上げた。
「待たせたな、モモ」
言いながら、畳まれた修道服を差しだした。
「報酬は2ギルダン。水車小屋が無傷ならばのハナシだが」
モモカは無言で受け取り、幹の裏手へと回り込む。フードを外すと一つ編みの豊かな黒髪と、左目の黒い眼帯、そして左から右頬へと鼻筋を真一文字に通って走る古傷が姿をあらわした。
革鎧を外し、肌着で片足をあげてブーツからサンダルに履き替えていく。
「──2ギルダンを折半か」
サルカンは水車小屋を見張りながら言った。
「不満か」
モモカは頭から灰色の修道服をかぶっていく。肩にも腕にも、覗いたウエストのくびれにも、横向きにはしる古傷が光っている。
「いや。助かる。久しぶりに風呂つきの宿に泊まれそうだ」
サルカンは背中側の幹にもたれた。
「旅をしているのか。モモは」
余ったスカート部分をたくし上げる。足首にも古傷は縞模様のように残っている。
「ああ。仇討ちだ。サルカン、貴様は」
「おれは大陸一の大軍師になる」
モモカは鼻で笑った。
「大軍師さまが、たった2ギルダンを折半か」
サルカンは笑みを浮かべた。
「笑い事じゃないぜ。水車小屋を壊してくれるなよ。へたすりゃ修理代でマイナスだ」
「どうかな。わたしの魔法は大雑把なんだ」
返された言葉に、サルカンが振り返った。
「──魔法って、お前さん、戦士じゃないのか?」
モモカが小さく怒鳴る。
「バカ、こっちを見るな」
サルカンは口を尖らせたが、目の隅にモモカの傷だらけの手が見えた。
「……ガキの体なんざ興味ねえよ。それより、斧なんか担いでんのに、ほんとはおまえさん、魔法使いってクチかい」
答えはない。代わりに、幹の裏から修道服もモモカが姿を現した。
サルカンが口笛を吹いた。
「大した美貌だぜ。五年後が楽しみだな」
黒髪をベールに納めたその姿は、旅の修道女といって違和感がない。
ただし、傷さえなけりゃな。──そんな言葉が、出てくることを予感してモモカは水車小屋を見た。
けれど、サルカンはそのまま幹に手をかけて素早く樹上に駆け上がった。
「水車小屋の中には騎士崩れの剣士がふたり。若いのと中年だ。しかも中は狭い。あの戦斧じゃ取り回しが悪いぜ」
戦斧は木に立てかけたままだ。
モモカは樹上を見上げて言った。
「策はあるんだろうな」
サルカンは笑んだ。
「もちのろんよ」
彼は懐から拳大の鉛のかたまりを取り出した。
「こいつをその修道服のソデにいれていけ」
ベールのモモカが、それを重たげに受け取った。
左のダブついたソデが袋状になっている。
「本来は経典や数珠を入れるんだがな。今日のおまえさんには、それがお似合いだぜ」
モモカが鉛を仕込んだソデを振り回し、勢いをつけてから樹の幹に打ちつけると、大きな凹みができた。
「知恵者だな。サルカン」
その口もとが、ベールの下で笑んでいるように見えた。
そして樹の裏手を指差した。
「革鎧と戦斧は置いていく。しっかり見張っておいてくれるんだろうな」
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