第2話 サルカンの策略



 * * *



 街道の前には、緊張が満ちていた。


 水車小屋を遠巻きにした騒ぎの中に、一人の猿人エイプが歩み寄ってきた。


 サルカンだ。


 黄色いチュニックシャツの腰に短棒を帯びたその軽装に、周囲の亜人や農夫たちが視線を寄越した。


 サルカンは、ひとがきを見渡すと、年老いた亜人に声をかけた。


「あんたが長老かい。街のギルドにはいくら出すって言ったんだい?」


 背を丸めた老人は、シワに閉じているような目で言った。


「……2ギルダン」


 その言葉に、周囲の空気がどこか沈んだ。僻地の小さな村では、それが精一杯の額だったのだろう。


 サルカンは口笛をひとつ吹いた。


「奮発したもんだな。水車小屋に何かあっちゃ、こまるもんな」


 皮肉めいたその口調に、人間の男が鋭い目を向けてきた。旅装束の若夫婦の、良人──人質になっている赤子の父であろう。


 サルカンはその視線には、距離を置きつつ、手のひらをみせながら笑みを浮かべた。


「まあ、そう怒るなよ。2ギルダンじゃ、街の冒険者は食いつかねえ」


 食肉用に潰す老いた羊一頭の相場がそのあたりだ。


「だけどな……。よく聞いといてくれ。たまたま通りがかったおれたちなら、話は別だって言ってるのさ」


 その一言に、周囲がざわついた。視線が集中する。どこか希望めいた光がいくつも向けられてきた。


 赤子の母とおぼしき旅装束の若い女も、サルカンにすがりついた。


「お願いできるのですか……ぜひと、お頼み申します!」


 場の空気は静まり返った。誰からとなくサルカンが腰にたばさむ黒い単棒を見たからだ。


 長老は、静かに頷くと、改めてサルカンに開ききらぬ視線を向けた。


「──猿人エイプの冒険者さま。おれたちと、今おっしゃいましたな。何人ほどおひかえになっておいででございましょうか」




 ひとりあたりの俸給が2ギルダンであっては困ると、長老は案じているのだ。あとになって10名だったとしたら、村は破産する。かといって短棒ひとつの猿人に、剣士二名を倒せるとも思えない。2ギルダンを預けて逃げられても困る。




 サルカンは、片手を腰に当てて軽く鼻を鳴らす。


「おれは斥候スカウト。仲間はもうひとり。腕利きの戦斧使いさ」



 そして、用意してもらいたいものがあると、彼は指を三本立ててみせた。


「一つ目は、女物の修道服だ。なるたけ色っぽいものを頼むぜ」


 その一言に、人だかりがざわついた。何人かは思わず顔を見合わせ、明らかに戸惑っている。


 サルカンは両手を上げた。


「──おいおい、まて。着るのはおれじゃないぜ。女戦士だよ。誤解すんな」


 その狼狽に、場が和んだ。

 だが、すぐに真剣な空気が戻る。


「女だからって、そんなにガッカリすんな。華奢に見えるが、とんでもねえものを持ってやがるんだぜ」


 そうサルカンは、胸のあたりで手を盛って見せ、さらなる笑いを誘った。


 そして眼差しを、森の木立に向けた。視線の先にマントのモモカがいた。戦斧は樹に裏に隠し、腕を組んで幹にもたれている。


「おれはアイツのマネージャーってワケさ。なぁに。そんな心配そうな顔をするな。報酬はふたりで2ギルダン。後払いでもいい。きっちり仕事はするさ」


 そして彼は二本目の指を立てて見せた。


「次に用意してもらいてえのは、賊に与えるふたり分のメシ。そして赤ん坊のオシメと乳だ。村で場所をかしてやってくんな」


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