第4話 冒険者の成れの果て



 ◇




 水車小屋の中では、歯車が空回りしている。外では水車が絶え間なく水を汲み、捨てている音がしている。


 混じって響く赤子の泣き声が、狭い空間の中で反響し、二人の盗賊の焦りを加速する。


 若いほうの盗賊は、籐籠のまま赤子を抱きながら困り顔でつぶやいた。


「──なぁ兄貴、この子、腹が減ってんだろうか」


 板壁には農具が並び、彼らの剣も二振り、抜き身のまま立てかけられている。


 

 木箱を重ねて、その上によじ登った兄貴分が明かり採りの小窓から外の様子をうかがっている。その髭面をしかめて彼は、それに答えない。


 若いほうがもう一度、顔を上げた。


「どうだろう、この子の母親だけでも小屋なかにいれて、世話させたら静かになるんじゃないかな」


 そこで髭面が口を開いた。


「たしかに。ついでに頂いちまうのもわるかねえな」


 弟分はため息をついた。


 その時、外を見ていた髭面が、小窓から外へ身を乗り出して言った。


「……って、なんかきやがるぜ、ありゃ……」


 その目が白黒している。


 弟分が木箱の上で揺れている兄貴分の尻を見上げた。


「ギルドの冒険者ですか」


 髭面は、ゆっくりと首を振った。


「──いいや。尼さんだ」


「尼さん?」


「ああ、しかも若え。長老と歩いてきやがるが……」


 歯車のきしむ音と、水の落ちる音が止まないなか、赤子の泣き声が反響している。


 弟分も水車小屋の板壁の隙間に目を当てた。


 たしかに腰の曲がった長老と、灰色の修道服の尼僧の細い肩が見える。


 小窓から髭面は口笛を吹いた。


「旅の尼さんか。天国をみせてやろうって、なあ兄弟……!」




 長老のかすれた声がした。


「──仰せの通り、ウマの二頭は、ただいま手配しておりますじゃ」


 続けて長老の声がむせこみながら告げた。


「ただし、村には駄馬しかおりませぬ。晩には早馬がまいります」


 髭面が叫んだ。


「じゃあ何のようだ!」


 咳が止むまで間があった。


「──ともかく、赤子の乳と、下の替えをと思いましてな……」


 弟分が木箱の上を見上げた。


「──たしかに赤子が弱っちゃまったら困る。やってもらおう、年寄りと尼さんなら怖れることもない」


 髭面は目を細め、しばし考え込んだ。


 その間にも、外からは長老の声がした。


「冒険者さまのお食事も、この通りですじゃ」


 髭面が目を凝らすと──尼僧が持つ角盆の上には、パンとチーズ、ワインが見えた。


 髭面は声を張り上げた。


「──いいぞ! だがな、ジジイ、まずお前がその飯の毒味だ!」


 長老はたねらうことなく、それらを口にした。


 髭面は見とどけると、次に尼僧へと命じた。


「尼さんはよ、そのダブダブの服を脱げ! その場でだ!」


 木箱の下で、弟分が目を向けたが、髭面は目を吊り上げた。


「男かもしれねえし、こういう時は服の下に武器を隠し持っているもんさ!」


 彼は再び小窓に向き直り、強い口調で言い放つ。


「さっさと脱げ! 赤子にゃこっちも辟易してんだ!」


 その泣き声が、止む気配はない。


 ただし、若い方の盗賊は、籐籠のなかの赤子に、よかったなとその頬をつついて微笑んだ。

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