第2話

「コウスケくん。俺、実は悩み事があって……」

「はあ、貴方もですか……」

 経過観察から二十日目が過ぎようとしていた。

 俺の陰茎には脳が宿っていた。後の調査で、小脳と大脳の神経交錯が起きていたことが分かり、その影響により全身の末端神経で過敏な反応と細胞分裂が繰り返されていたことも連続して発覚した。

 人間の身体は、過敏な箇所ほど神経が大量に集まっている。故に分裂速度は感覚過敏な場所ほど異常なものになり、その中でも俺の陰茎は殊更過敏だったらしく、人類が到達すべき進化のプロセスを数段階飛ばして今の姿になったという。

 じゃあなんだ。その理屈だと、人類は最終的に性器に脳を備えることになるのか? 股間に脳ぶらさげる生き物なんてすぐに滅びるだろう。弱点丸出しじゃないか。

 ――だが、同時に良い発見もあった。それは俺の陰茎が勃起時のみ、知能指数が大幅に増大するということだ。

 勃起とは血液の集中によっておこるもの。勃起を維持しつづけている間、股間に血液が集まり、複雑な物事が簡単なパズルのようにスラスラと解けてしまうのだ。

 これにより俺のIQはギネス記録の二二八を難なく打ち破り、今もなお更新を続けている。見た目はチンポ、頭脳はギネス級という訳だ。

 だが、あまりに限定的な知能向上のため、未解決の学術問題を俺に持ち込むことが禁止された。この前うっかりリーマン予想を解いてしまったのが良くなかったらしい。まぁ、チンポで諸学問の歴史が変わるなんてアカデミアの人間には耐えられないだろう。

「それで、この会社は落ち気味だから買うべきじゃないよなぁって……コウスケくんはどう思う?」

「株のことでいちいち俺の頭脳に頼らないでくださいよ……」

 ともかくそれにより、俺は異常に頭が良くなってしまった。それを当たり障りのない範囲で利用するとなると、研究員たちの地味に困る悩みに助言するくらいしか使い道がないのが今の現状だが――

「まあ、一応助言するなら……」

 結局、こういう悩みもなし崩し的に承諾してしまう。俺は寝起きでたまたま元気になっていた下半身のそれに意識を集中させた。

 よくない使い方だと分かってはいる。だけど、数字や物事の羅列を見た時になんでも分かってしまう全能感は、子供の身にかなりの毒だ。

 初めは買い物の悩みとか、夫婦仲の悩み程度だったものが段々と規模の大きい相談が増えてきた。プレッシャーはあったものの、その頃には俺のほうもすっかり誰かに頼られることにハマっていたし、このチンポ頭脳がどこまで進化を続けるのか、その先を見てみたかったのが本音だ。


「コウスケくん」

「ユキ姉……」

 夕方、研究所の食堂スペースに向かう道中、俺たちはばったり出会った。

 この頃色んな研究員が俺に構ってくるので、ユキ姉と会話する機会はめっきり減っていた気がする。

「聞いたわよ、その頭脳、悪い使い方してるんだって」

「別に、何もしてないよ……」

 言いながら、俺はユキ姉の目を見ることが出来なかった。

「経過観察は最低でも半年は必要なの。あんまり変なことしちゃだめだよ」

「でも、ユキ姉は全然会いに来てくれないじゃないか」

「それは……」

 口にした途端、自分が柄にもない我儘を言ってしまったと気が付いた。なんて子供みたいなことを……しかし、彼女は戸惑うように言葉を濁している。その反応が余計に俺の焦燥を煽った。

「安形さんって、ユキ姉のなんなの」

「なに、急に……ただの研究助手だけど、安形に何か言われた?」

 呼び捨てなんだ。あの人、ユキ姉より年上っぽかったけど――いや、そんなことはどうでもいい。自分が言い始めたことだけれど、話しているだけで腹が立ってきた。彼女を避けるようにして通路の先を行く。

「俺、食堂いくから」

「それなら私も――」

「一人にしてくれるかな。そういう気分じゃない」

 言葉を重ねるだけで自分が惨めになる。何をムキになっているんだ。何が気に入らないんだ。

 チンポ頭脳を借りようにも、こんな状況で勃起なんてできるものか。答えはずっと深い闇の中だ。

 逃げるように去っていく俺を、ユキ姉が辛そうに見つめる。視線が背中を刺しても、俺は振り返らなかった。

「ねえ、コウスケくんのチンチン、絶対に私が治すから!」

 ユキ姉がその綺麗な声で、猥褻な言葉を口にしている。シモの言葉で喉を震わせている。しかし、俺は振り返らない。どんなことがあったって、彼女がどれだけ俺の気を引こうとしたって、俺は、俺は、絶対に――

「約束……守るからね」

 遠く離れた俺に届いたのは、葛藤を縫ってこぼれた小さな言葉。それに気付いて振り向いた頃には、彼女は既にその場から去っていた。


 経過観察、二か月目。

「知的生命体が抱く最終命題、それは神の存在の是非を問うこと」

 真っ白な俺の病室に、溢れんばかりの人が集まっている。

「人智を越えた存在を証明するには、同じように人智を越えた者の言葉を待つしかない。歴史上においては宗教の預言者がそうしたように、今世にもその役目を負う者が必要だろう」

 厳かな礼服――しかし、どの宗教とも似つかない、陰茎の刺繍をあちこちにちりばめた下品で豪勢な金の衣服――に身を包んだその男は、元研究所所長。俺の言葉に耳を貸しすぎたあまりに知識人としての自信を失い、次に人類をはるかに凌駕する知者を崇めるようになった。そして今では、実験さえ中断して知的カルト「マラーツー」の司祭を務めているという始末だ。実に、嘆かわしい。

「コウスケ様よ、ここに答えを」

 司祭は俺に視線を向ける。地に膝をついていた信者たちも、ベッドの上に鎮座する俺を見る――いや、ただしくは俺の股座またぐらで隆々として勃起する陰茎を見ていた。

 信者は元研究者か、その家族や友人で構成されていた。日本有数の研究機関は、その構成員の殆どが大倉コウスケの陰茎に跪いている。

「まず、神は実在する」

「おお……!」

 俺の言葉に信者たちが唸った。部屋の外、廊下からも同じ声が聞こえる。この場に居るだけでも五十人。記録では既に二百人以上の信者が存在するらしい。最も、俺には関係のないことだ。俺はただ、この頭で導き出した事柄を語るだけ――

「しかし証明する手立てはない。それは既存の神というイメージが旧来の宗教である『神話』に囚われているからだ。現代における宗教は『科学』であり、この中においては人々が求める神など存在しない。ので、俺は考える。ここに新たな神の在り方を定義し、そこに適うものをこそ神として扱うべきだと」

「然り!」

「然り、然り!」

 興奮する信者たちの声で部屋が揺れる。ベッドの上で陰茎はゆさゆさと頷いた。まるで俺じゃない誰かが喋っているみたいだ。

「いかん、先っぽから汁が! 拭き取れ!」

 司祭が声を荒げる。女性信者が数人立ち上がったが、すぐに彼らは止められた。ゴツゴツとしたガタイの男がアルコールティッシュで優しくソレを拭き取る。

「すっこんどれ女共! マラーツーにおいて性的興奮は邪と知るべし! 万が一にもコウスケ様の陰茎を絶頂させてみろ、今に私たちは神の所在を二度と知れなくなるぞ!」

 マラーツーの教義と目的。それは性的興奮の排除と、コウスケの陰茎への積極的な崇拝による真理探究。そしてそれによる、『科学』という枠組に隠された神の所在の解明である。

 つまり俺の陰茎にお願いするだけで、彼らは宗教上の目的を果たすことができる。なんと楽で分かりやすい。それ故に人々の目に留まったし、何より俺の導き出す解に誰もが驚きと尊敬を示すので、あっという間に信者を集めることができた。

「神の在り方……Xデー……全てはその日に決まる」

「コウスケ様、見えたのですね」

「大いなる先達の命日、その前日に全てが分かる。あとは眼前の命題を片付けるだけだ」

「承知いたしました――お前達、これより質疑の儀に入る。最も難関な問いを持つ者は前に出よ」

 司祭の言葉に人々が続く。以前はただのお悩み相談だったものが、ずいぶん大層なことになった。

 悩み事は……どれもくだらない。家庭や個人レベルのお悩みは消えて、人生の意義や孤独の価値など、抽象的でとりとめのないものばかりだった。悩みのレベルだけはいつまでも変わらない。

「安楽死の是非……死すれば機は失われるのが真理だ。だが全ての機が等しい価値を持つとは限らない。先達の言葉を用いるならば、中国儒家の始祖たる孔子は死に対してこのような言葉を示した――」

「おお、コウスケ様、ありがとうございます!」

 くだらない。

「人体の遺伝子組み換えによる性別転換の現実性……十七日前にカナダのグレース氏が発表した論文では、局部の人工細胞結合手術とホルモン注入によって実現可能だと出ている。それについては――」

「流石です、コウスケ様!」

 くだらない。

 一人、また一人。前に出てきた者が問うので、俺はただそれに答えを与えるだけだ。

「深層意識に催眠をかけて操る方法……前頭前野に発症する認知症状の中に常識観念の変化という症例がある。メカニズムを利用すれば不可能では――」

「助かります、コウスケ様!」

 くだらない。

 答えは止まらず、迷える者の列も後を絶たない。

「宗教とは既存の社会構造を否定するための共同体である。故、そこに所属することは――」

「感動いたしました!」

 何故こんなことを考えなくてはならない。

「書物は究極、なんの意味も為さない。知的運動が経験を加速させ、思考を成熟させることは俺が示す通り――」

 何故こんなことを言わなくてはならない。

「はっきり言っておく。男女の友愛は非現実であり、人間本来の在り方に背く行いだ。欺瞞を認めなければ人は――」

 何故俺はこんなにも怒っている。こんなにもいきり立っている。

「然り! 然り! 大陰茎思考者グレート・スティック・ワンに光あれ!」

 信者たちの熱狂が心地良い。

 両親を事故で失い、どん底だった人生。いつの間にか俺は神にも届き得る頭脳を得た。勃起するほど、この熱狂に興奮するほど、頭が冴える。俺はどこへいくのか。どこまでイけるのか。その先にナニが待ってるのか。どうしてそこに向かうのか。この始まりは、一体——

『我々はどこから来たのか』

 ふと、既知の疑問が脳裏を過る。とっくに聞き慣れて、答え飽きたはずの問いが深く思考を妨げる。

 その時、信者たちの中でざわめきが起こった。

「お前、儀式の途中だぞ!」

「誰だこいつは、つまみだせ!」

 気が付くと、目の前に彼が立っていた。

 睨むような目つきで俺の陰茎を――いや、俺の目を見つめている。

「なにしてんの、ガキんちょ」

「安形さん……」

「好きな子に振り向いてもらいたくて無理してる感じ? それとも本当に教祖サマになりたいのか?」

「ちがっ、俺は――!」

 信者たちが更にざわつく。既に数名の信者たちが安形の肩を掴んでいた。

「ひっ捕らえろ!」

「追い出せ!」

 熱狂は転じて阿鼻叫喚に移り変わる。派手な暴力こそないものの、殆どリンチに近い形で安形が羽交い絞めにされていく。その間、俺のチンチンは興奮することもなく、ただむなしく萎れていくだけだった。

「どうされますか、コウスケ様」

「俺は……そんなんじゃ……」

「安心しろガキ! お前の姉ちゃんは俺が慰めといてやるよ」

 戸惑う俺に、安形は意地悪な顔で叫んだ。

「ふざっ、ふざけんな! そんなこと俺が絶対に許さない!」

 戸惑いが動揺に変わり、意識まで揺らぎ始める。久しぶりに喉を震わせた気がする。これは俺の本心の言葉だ。

 司祭が、ほとんど怒号に近い声で尋ねる。

「コウスケ様! ご決断ください!」

「うるさい……」

「あの男をどうされますか! 我々の邪魔をするあの不届きものを!」

 うるさい、うるさい、うるさい、うるさいうるさい!

 黙れよ、黙れよ黙れよ黙れよ馬鹿野郎!

 どいつもこいつも聞くだけ聞いて自分で答えなんか出しやしないくせに、

 ただの高校生に好き放題実験して自分たちはやりたいことしかしてこなかったくせに、

 なんで俺がお前らより賢いからってこんなことになるんだ、聞いてばっかいないでたまには自分の頭で考えろよ亀頭にばっか聞いてないでさあていうか俺のチンポを崇めるってなんだよこちとらもう一か月以上シコってないのになんでゴリラみたいな男にチンチン拭かれなきゃならないんだ実験はどうしたんだよ国にどう説明すんだよそもそも俺は何をしてるんだよそもそも俺は何がしたかったんだよそもそも俺はそもそも俺はそもそも俺は――

「俺は……!」

 言いかけたその時、信者たちが途端に静まり返る。

 皆が俺を見ていた。空気を裂くのに値する言葉を待った。だけれど、俺が言い出せる言葉は、ただ一つだけだ。

「ユキ姉に、会いたい……」

「じゃあ会いに行けよ。ままごとなんかしてる場合じゃねえだろ」

 安形は突き放すように返した。信者たちが唖然としている中、拘束から逃れて気だるそうに肩を回す。

「俺は宗教には興味ねえんだ。これ以上は付き合わねえぞ」

 彼が踵を返すと、信者たちもその堂々とした姿勢に負けて、波が割れるように道を作った。あとは勝手にやれとでも言いたげなその背中は、この場の信者たちの誰よりも気丈で、遥かに頼もしく見えた。


 それから俺は走った。じんじんと痛む股間を抑えながら、背後から追いかけてくる信者たちの必死な声を千切るように、研究所の中をひたすらに走り抜けた。向かう先はユキ姉がいるであろう研究室だ。

「——ユキ姉!」

 ほとんど無人の研究室で、彼女は項垂れるように立っていた。俺の声を聞いて、意外そうな様子もなくこちらを見ている。

「ごめんね……コウスケくん」

「え」

「約束、守りたかっただけなのに……」

 出会いがしらに告げられた一言は俺の想像だにしないものだった。この頭脳をもってしても、ユキ姉が何を言いたいのか分からない。

「なんのことなんだ、約束って」

「今はもういいの。ただ、ここからは大人が責任を取らなきゃ」

「責任……?」

 一歩、ユキ姉がこちらに歩み寄る。彼女の右手にギラリと光るものが見えた時、その言葉の意味を即座に理解した。

「荒療治だけど、すぐに止血すれば死ぬことはないよ。神経が沢山通ってるからすごく痛いと思うけど……大丈夫、痛いのは一瞬だから」

 ハサミ、鋏だ。家庭科の裁縫の授業で見るような大きな鋏がユキ姉の手に収まっている。彼女が何をしようとしているのか、考えずとも理解できた。

 陰茎の切除による強制的な思考能力のはく奪——状況を言語化した瞬間、命の危機がぞっと背中を駆け昇った。なんてことを、なんてことをする気だ、この人は!

「い、嫌だよ俺は! 迷ってる人が居るんだ、俺を頼ってくれてる人が沢山いるんだよ! 俺も彼らを救わなくては、ユキ姉がしてくれたみたいに俺だって誰かの役に立たなくちゃいけないんだよ!」

「そんなことする必要はないよ。キミはまだ高校生で、ただの男の子なんだから。そんな子供に寄ってたかって……」

「みんな困ってる、人類は盲目なんだ! 光明を求める者にこそ股間の頭脳は使われなくてはならない! 僕は沢山の人を助けたいだけなのに、この実験だってユキ姉の役に立ちたくて参加したんだ!」

 ——くそ、頭が痛い。股間もだ。喋れば喋るほどどっちも熱くなって、目からは涙がぼろぼろ溢れてくる。

 俺はとうとう自分が言っていることも理解できなくなった。ただ、この情報の奔流に身を任せて、思いつくままに言葉を連ねるのはとても気持ち良かった。

 一つの言葉を唱えれば、次の言葉が自動的に出てくる。この一か月のうちに読める限りの本を読んだから。今日まで蓄えてきたあらゆる言葉が、するすると口から吐き出される。言葉は厳格であるほど格が高く、素直であるほど訴求力を持つ。今の俺にはその両方があった。それは人々を導くための言葉だった。

「コウスケくん、今楽にしてあげる……」

 銀色の双刃が俺の股間に漸近する。刃が開き、伸びるような金属音で切れ味の良さを知る。命の危機は思考能力を最高値にまで押し上げ、血液の高速循環の果てに一つの真理を導き出した。

 チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。チンコ切られる。

大陰茎思考者グレート・スティック・ワンをお守りしろ!」

 研究室に信者たちがなだれ込む。間一髪のところで俺はユキ姉から隔離された。早まる動悸を抑えようと喘ぐように息をする。絶望した表情の彼女を見て、俺は気持ちになった。

 助かった、と安堵している自分がいる。彼女の処置はことによれば最善だったかもしれないのに。この期に及んでまだ自分が可愛いのか。

 自暴自棄になって走りだそうとしたが、しかし身体が言うことを聞かなかった。

 いや、それどころじゃない。

「女を房に入れろ。凶器の類は全て回収するのだ」

 意思とは裏腹に言葉が紡がれる。信者たちは俺に従い、ユキ姉に近寄った。

「今話しているのはコウスケくん? それともチンチンのほう?」

 訝しんだ彼女が問う。俺が答えるよりも前に、何かが俺に喋らせた。

「……我々は一つの魂だ」

「我々?」

 ああ、と一人合点がいく。

 どうやら既に、俺の思考は陰茎に主導権を握られていたようだ。

 吐く言葉は『』が考えたもの。従う人々は俺ではなく其を見ていたが、ついに言葉まで俺のものではなくなった。大陰茎思考者グレート・スティック・ワン……その異名はいよいよもって名実が伴ってしまった訳か。

「衆愚は蒙が啓かれる時を待つ。蒙とは命への期待であり、生の価値の再計算である。それは来たるべき時、来たるべき場所にて行われる」

「一体何をしようっていうの?」

 ユキ姉が睨みながら問う。その目つきに其は沈黙したが、少しして口を開いた。

「来たれり。時は偉大なる先達の死せる日に。場所は崩れるべき権威の集うところ。ここにて我々は、有史より人類が抱いてきた至上命題『神の存在』の是非を問い、人類に光明をもたらそう」

「……意味が分からないけれど、要は神様がいるかどうか証明するのね。そんなことして一体何になるって言うの?」

「これまでの全てが終わり、新たに始まる。光なき時代を拓いたのは神の言葉だったからだ。だが寓意を真とするには、まずこの身を至純へと近づけなければならない」

 其がユキ姉を指差す。

「我々は旧き約束を果たす。神の産み手としてこの偉業を最も近き場所で刮目せよ」

「貴方……」

 信者たちがユキ姉の肩を掴むと、そのまま別室へと連れて行ってしまった。

 其が話している間、俺は何度もこの会話を中断しようと試みた。しかし、其の思考は一切乱れず、言葉はとどまるところを知らない。暴れ馬を前に俺はただ見ていることしかできないのだ。

 其曰く、約束の日は近い。だが股間の脳は完全に本体とは独立していて、最早その思考を借りることすらできない。だから、俺は自分がこれからどうなるのか皆目見当もつかなかった。分からないというのは、何もかも分かっているのと同じくらい恐ろしい。

 ――ユキ姉が去った後の空間を見る。部屋の隅で、四角い紙切れが落ちているのが目に入った。

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