第4話:土方歳三、軍と交渉す

■ 鬼の副長の「取引」


「……待て。話がある」


取調室代わりに使われた教職員室。

土方歳三は、銃口を向ける憲兵たちを一瞥し、正面の少佐を見据えた。


少佐の目は、下士官たちとは違う。

戦地で死線を潜り抜けてきた者の目だ。


「話だと? 貴様らのような正体不明の不審者に、我ら帝国軍人が耳を貸すとでも思うのか」


「貸すさ。あんたらの目は、勝っている者の目じゃない。

追い詰められ、藁をも掴もうとしている者の目だ」


少佐の眉がピクリと動く。


土方は畳みかけた。


「その“藁”が俺たちだ。

あんたらが喉から手が出るほど欲しがっている『戦う力』……それを見せてやる。

代わりに、総司を助けろ。この時代のあらゆる術を尽くしてな」


「協力、だと? たかだか数人の剣客が、近代兵器を前に何ができる」


少佐の嘲笑が終わるより早く――影が走った。


---


■ 白刃の威圧


「――ッ!?」


憲兵たちが引き金に指をかける暇すらなかった。


壁際に立っていた斎藤一が、音もなく少佐の懐へ潜り込んでいた。


左手が刀の柄にかかり、親指が鍔をわずかに弾く。


『カチッ』


硬質な音とともに、

鞘から数寸だけ覗いた白刃が、少佐の喉元に突きつけられた。


(なんだ……この刃は……!)


軍の大量生産刀とは、放つ気が根本から違う。

暗がりでも凍りつくような冷光。

荒々しい刃紋は、飢えた獣の牙のよう。


(これは“武器”じゃない……。

数えきれぬ人間を屠ってきた“死神の持ち物”だ……)


少佐は、自分の軍刀が子供の玩具に思えるほどの錯覚に陥った。


目の前の男が「斎藤一」を名乗る狂言師ではなく、

本物の殺人鬼であることを、その一寸の白刃が証明していた。


土方は静かに斎藤を制し、少佐へ視線を戻す。


「……動くな。指一本動かせば、貴様ら全員の首が飛ぶ」


斎藤の冷徹な声に、部屋の空気が凍りついた。

憲兵たちは銃を構えながらも、速さに手が出せない。


この男たちが“本物”であることを、全員が本能で理解した。


---


■ 動き出す「昭和の医療」


土方は静かに言った。


「殺しに来たんじゃない。助け合いをしようと言ってるんだ。

あんたらの言う“ショウワ”の医学なら、総司の命を繋げるんだろう?」


喉元の刃が引かれた後、少佐は大きく息を吐き、襟を整えた。


「……いいだろう。貴様らの身元は一旦不問とする。

軍医! 隔離教室の男に、現在確保している中で最高の栄養剤とブドウ糖を投与しろ。

それから陸軍病院から結核の専門家を呼べ。“特務要員”の治療だ」


「し、しかし少佐! 貴重な薬品を、あのような正体不明の男に……」


「黙れ。これは命令だ」


少佐は土方を見据える。


「……土方と言ったな。約束は守る。

だが、貴様らにはそれ相応の地獄へ行ってもらうぞ」


「望むところだ。地獄なら、一度通ってきている」


---


■ 英雄たちの静かな観察


別室では、他の英雄たちがこの時代の“軍”を観察していた。


「……ほう。あの鉄の棒(銃)、飛び道具としては筋が良いが、使い手がなっとらん。

あんな腰の引けた構えでは、風にすら当たらんぞ」


武蔵は少年兵の訓練を眺め、鼻で笑う。

すでに監視の目を盗み、校舎の構造を把握し、木刀を手に闇へ溶け込んでいた。


「信玄公、見なされ。あの地図を」


謙信が指差したのは、大東亜共栄圏の地図。


信玄は腕を組み、険しい表情で見つめる。


「……広げすぎだ。補給も通ぜぬ地まで兵を出し、守りを薄くしている。

これでは戦う前に自滅する。この“昭和”の将ら、兵法のいろはも知らぬ」


「左様。だが、あの空飛ぶ鉄の箱や、地を這う鉄の馬……

あれを我らの武勇でどう切り崩すか……少しばかり血が騒ぎますな」


彼らは驚くべき速さで理解していた。


――この国は滅びゆく。

――物資は尽きかけている。

――そして自分たちは“兵器”として利用されようとしている。


信玄は静かに呟いた。


「……よし。まずはこの軍とやらを、我らの手足として使いこなせるかどうか、試してみるとしよう」


その野心は、カビ臭い教室に低く響いた。


(第4話・了)


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