第3話:病院で告げられる“歴史の死”
■ 噛み合わぬ言葉
国民学校の教室を改造した臨時分遣所。
土方歳三は、沖田総司の傍らで白衣の軍医を睨みつけていた。
「……おい。あんた、医者か」
軍医は鼻を鳴らし、土方の手を振り払う。
「そうだ。だが、貴様らのような正体不明の連中に割く薬も時間もない。
そのふざけた格好……芝居の一座か? 徴兵逃れか?」
「芝居だと……?」
土方の拳が震える。
斎藤は抜き身の殺気を放つ。
「こいつは労咳だ。治せるのか。それだけ答えろ」
「労咳? ……結核のことか」
軍医は銀色の管――聴診器を取り出す。
斎藤が即座に刀の柄に手をかけた。
「下がれ。総司に何をする気だ」
「診察だと言っているだろう! どけ!」
軍医は吐き捨てる。
「いいか。結核は亡国病だ。
こんな教室で治せるわけがない。薬もない。
……憲兵が来ればタダでは済まんぞ」
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■ 「昭和」という断絶
軍靴の音。
銃を構えた兵士たちと共に、将校が入ってくる。
「軍医、こいつらの身元は割れたか」
「いえ。自分たちを『新選組』だの『沖田』だのと……。質の悪い芝居でしょう」
将校は土方の腰の和泉守兼定を顎で指す。
「その刀を渡せ。没収する」
「断る。これは武士の魂だ。それより……ここはどこだ。京の守護職様はどこにおられる」
将校と軍医は顔を見合わせた。
「守護職? 何の話だ。ここは静岡県だ」
「シズオカ……? 聞いたこともない地名だ」
将校は壁の「大東亜戦争戦況図」を指差す。
「今は昭和19年だ。明治も大正も、とっくに終わっている」
「ショウワ……? メイジ……?」
土方の背筋を、冷たいものが這い上がる。
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■ 英雄の「死」
将校は土方の懐から落ちた名簿を拾い上げる。
「『新選組・土方歳三』……か。
だがな、本物の土方は70年以上前に函館で死んでいる。
子供でも知っている歴史の常識だ」
「……なんだと?」
土方の身体が凍りつく。
「俺が……死んでいる……? 70年……?」
将校は冷たく言い放つ。
「病人(沖田)は隔離しろ。
他の連中は監獄へ連行しろ。抵抗すれば撃て」
「待てッ! 総司をどこへ連れて行く!」
銃口が土方を押しとどめる。
朦朧とした沖田は、窓の外を見た。
黒煙を吐く蒸気機関車。
虚空を睨む高射砲。
「……土方、さん……。ここには、鬼が……いますね……」
その呟きは、血に染まって消えた。
土方は、
“治せるわけがない”と告げた軍医の言葉を反芻しながら、
昭和という暗闇の中で、
どうやって仲間を救うべきか――
かつてない絶望の淵に立たされていた。
(第3話・了)
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