第23話

 じっくり様子を見ながら慎重に行動するつもりだったが、全ての家がもぬけの殻だというのなら話は変わってくる。

 何のために集まっているのかは知らないが、それが終わって戻ってくるまでにやるべきことを全て終わらせるべきだ。


 村にある民家はそのほとんどが木造の平屋で、広さも控えめのこじんまりとしたものだった。

 ただそれ以外にも、精々一畳か二畳ほどの広さしかなさそうな小屋がいくつかある。これは恐らく倉庫や物置の類だろう。

 まずはここを物色する。


 他の家や道からは見えない、家の裏にひっそりと建っている小屋。

 こいつに狙いを定めて、抜き足差し足で慎重に近付き、そっとドアに手を掛ける。

 鍵が掛かっていたら他を当たるつもりだったが、さすがにいちいち施錠などしていなかった。

 しかし建て付けが悪く、普通に開けては木の軋む音が鳴ってしまいそうだ。よってゆっくり、少しずつ開いていき、人一人分が通れるほど開いたところで物置内にスルッと滑り込むように侵入する。


 あとは中にあるものを片っ端から頂いていく、と言いたいところだが……暗い。

 月と星の明かり、さらに遠くのかがり火の光もあって、家の外ならどこに何があるのかはわかる。しかしそれらが遮られてしまう屋内ではほとんど何も見えない。

 一応開けたドアと小窓から光は入ってきているが、それでもこの辺りに何かありそうだ、程度しかわからなかった。


 仕方なく手探りで物色してみると、何かの棒が手に当たった。細く長い棒で、先端の方に何か金属製の……これはクワだ。

 こいつがあれば農作業が楽になるので是非頂きたいところだが、あいにくとインベントリには収納できなかった。

 手で持っていかなければならないアイテムは、盗んだところで持て余すだけだろう。さらにそれ以前の問題として、あまり嵩張る物を掻き集めてしまうと、そもそも村の外に持ち出すのが大変になる。


 他にもペタペタと触って、時には窓からの光に翳して確かめてみたが、どうやらここは農具を収納する場所のようだ。

 残念ながら何一つインベントリには入らず、せめて何か一つでも成果が欲しいと思っていたところ、ゴワゴワした麻袋のような物が手に当たった。

 その中には何か丸くて少し固い物が入っているようで、恐る恐る袋の中に手を突っ込んでみると……タマネギだった。


「っ……!」


 歓喜のあまり叫びだしたくなるのを堪えながら、急いで全てのタマネギをインベントリに収納する。やはりインベントリに入るか否かの条件は、ゲーム内にアイテムとして存在するかどうかで間違いないだろう。タマネギがゲームに出てくることは覚えている。

 十四個あったタマネギを全てインベントリに入れ、ついでに麻袋を手に持って物置から出て、ゆっくりと扉を閉めてその場を離れる。


 とりあえず新たな野菜という収穫はあったものの、本来の目的である鍋と塩は手に入っていないので、まだまだ盗人働きは続行しなければならない。

 なのでまた次もどこかの物置に入って……と言いたいところだが、やはり鍋や塩は物置ではなく家にあるものだ。

 家に、村人が暮らす民家に忍び込むしかない。


 村の中央の建物から人が出てくる様子が無いことを確認しつつ、侵入に適した家を探す。

 ここであまり時間を掛けるわけにもいかないので、適当に村の外縁に近く、入り口が他の家から見えないように建っている家に決定。

 物置で時間を使いすぎてしまったので、ササッと素早く影から影に移動して、慎重にドアを開けてスルッと家の中に入る。


 案の定ここも屋内なのでかなり暗いが、物置とは違って窓が多いため光は割と入ってきている。これなら何も見えないということはない。

 入り口から向かって左側にかまどらしき物があるので、そちらがキッチンというか、調理スペースのようなものなのだろう。

 そして右側はというと、色々な物があるが特に目立つのは二台のベッド。これは居住スペースといったところか。


 塩と鍋が目的なら当然、調理スペースだ。

 極力逸る気持ちを抑えつつ左側に一歩踏み出すと、足元にある何かを蹴飛ばしてしまった。

 かつん、からん、ころん。

 何かが転がる音がする。

 小さい音ではあるが、静まり返った屋内にはよく響いた。


「っ……」


 ここへきて大失態だ。今の音で<気配遮断>も切れてしまった。

 不意の出来事に心拍数が急上昇しているのがわかる。

 ぎゅっと目を瞑って何事もありませんようにと祈ったが、そもそもこの家はおろか辺り一帯に人っ子一人いないはずだ。

 ここは落ち着いて<気配遮断>を掛け直して――


「……ん~? お父さん、帰ってきたの……? 別に明かり付けても…………え?」


 ――俺の背後、居住スペースの方から女の声が聞こえてきた。

 そっと後ろを振り返ると、ベッドの上で上体を起こしている女と目が合った。もうおしまいだ。


「え? 誰……んむーっ! んー!?」


 ともかく事ここに至ってはコソコソする意味も無い。

 寝惚けている様子の女に飛び掛かり、押し倒して馬乗りになりながら口を手で塞ぐ。


「んー!? んんー!?」


 女は突然の出来事にパニックになっているようで、俺に押さえつけられながらもバタバタと暴れようとしている。

 もちろん俺の方も気が動転していて、ここから何をどうすればいいのかわからない。一体俺はなぜこんなことをしているんだ? 

 完全に頭が真っ白になってしまっている。とにかく冷静に、冷静に……。


「んー! んんー!!」


 あわわわ……! とにかく、何だ。まずは……そうだ、女を静かにさせないといけない。

 となると脅迫か。この女を脅しつけて黙らせるんだ。そして脅迫するには恐がらせないといけない。

 よし、俺は今から恐ろしい強盗になるぞ。逆らう奴は皆殺し、血も涙も無い恐怖の盗賊だ。

 いくぞ、いくぞ。三、二、一、いざ。


「おい、静かにしろ。死にたいのか」

「んー!? んむーっ!」


 駄目だ、パニックになって話を聞いてくれない。だがここから引き下がるわけにもいかないし、このまま続行だ。


「そうか、死にたいか。じゃあ死ね」

「……っ!?」


 空いた方の手で女の首を掴むと、女は黙って首を振ろうとした。俺に口を押さえられているので動かないが、動かそうとする意志は伝わってくる。

 ようやく現状を理解したのか、女はガタガタと震えだした。暗くてはっきりとはわからないが、目に涙も浮かんでいるようだ。


「死にたくないのか。じゃあ手を離すが……わかってるな? 騒いだら……」

「っ……!」


 女がコクコクと頷こうとしたので、そっと手を離す。

 口を押さえている間も薄々はわかっていたが、若い。

 さっきも父親に向けて話しかけようとしていたし、恐らく俺と同年代だ。


「さて……」

「ぅぅぅ……お父さん……っ」

「おい、静かにしろ」

「っ、はい……」


 女は身を固くしてガタガタと震え続けている。さらに声色からして、恐怖で泣いてしまっているようだ。俺も泣きたい。

 ……いや、ここまできたら強盗を完遂するしかない。心を鬼にしなければ。


 さて。暗い夜、室内には俺と女の二人きり。それもベッドの上で、俺は女を押し倒して馬乗りになっている。

 さらにさっき押し倒すときに色々触ってしまったし、恐らくこの女は今から俺に犯されると思って泣いているのだろう。

 確かに顔立ちは可愛らしいようだし、体もうっかりあちこち触ってしまったので、なかなかのものだということもわかる。

 だがしかし、今はそれどころではないのだ。


「おい、鍋はあるか」

「ひっ……! な、鍋なんて………………鍋?」

「そう、鍋だ。小さめのやつがいい」


 ゲーム内に鍋やフライパンといった調理器具の類が無いことはわかっている。つまり持ち運び続ける必要があるのだから、なるべく小さいものが必要だった。


「お鍋ならあっちに……」


 女があっちと指差すのは、やはり調理スペースの方だった。

 しかし女の傍から離れると、咄嗟に家から逃げ出して助けを呼ぶ可能性もある。

 ここは女に取りに行かせて、俺はぴったりついていくことにしよう。


「立て。鍋はお前が取りに行くんだ」

「ええ……? わ、わかりました」


 女の上から退いて立ち上がるように促すと、女はのろのろと上体を起こしたが、そこから全く動こうとしない。時間稼ぎのつもりか?


「何してる、早くしろ」

「……え? あれ? あの、力が入らなくて……」


 どうやら腰が抜けたらしい。

 仕方ないので抱え上げて調理スペースまで運ぶことにする。やはりなかなか良い体だ。


「えっ? わっ、わわわ」

「暴れるな。じっとしてろ」


 腰が抜けていて動けないなら逃げ出す心配が無いことに気付いたのは、調理スペースで女を降ろしてからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る