第16話
エタファン世界で目覚めると、そこは昨日急に眠たくなって消えた場所だった。
死んだらスタート地点に戻されるが、死なずに寝て起きたら場所もそのままということか。
毎回戻されるなら絶対ラスボスの所まで行けないから、これは当然の仕様だ。もし戻されるなら、佐藤さんから神とやらにクレームを出してもらわなくてはならないところだった。
というか戻されなくてもクレームは出してもらいたい。まあどれだけ頑張っても全然交信とやらができないそうなんだが。
「うーす」
「あっ、おはよー鈴木くん」
「おう。じゃあ行くか」
今日も今日とて異世界で佐藤さんと合流。今日は佐藤さんの方が早かったらしい。
二十三時前後に就寝だったので、こっちでの時刻は二十一時前後。これから日の出までは八時間から九時間ほどか。それまでひたすらジャガイモの種を集める予定となっている。
そしてさらにそれと平行して、川の近くにいくつかジャガイモを植えておき、たまに立ち寄って水を撒いておくことも忘れない。これの目的は農家という職業の開放だ。
農家の開放条件は作物を十回収穫することなので、条件達成まであと少し。農家の特性として作物の収穫量上昇というものがあるので、大規模な農業を行う前に是非とも開放しておきたいところだ。
そんなこんなで一つでも多くの種が欲しいので、合流と同時に早速出発する。
現在俺は盗賊のレベル八になっていて、このエリアの敵はもうジャガイモ男爵すら脅威ではなくなったので恒例の深夜行軍も実に快適……なのだが、魔物とは別の要因で不快さを感じていた。
「んーむ……」
「んむ? 今度はどうしたの鈴木くん」
「今度はって……体がベタつくというか、風呂入りたくならないか? 水浴びでもいいけど」
「あー……」
死なずに日本へ帰った場合、その時の状態を次にそのまま引き継ぐ仕様らしい。
前回の最後は特に気にならなかったが、日本では風呂に入ってさっぱりしてから就寝しているのだ。どうしても落差が生じて身体のベタ付きが際立つ。
しかし佐藤さんの表情はなんだ? 頷いてはいるが、あれは共感している顔ではない。同情、憐れみ、そんな類の顔だ。まるで汚らわしい俺のことを上の立場から見下しているようじゃないか。
「佐藤さんは平気なのか? 前回で汗もかいただろうに」
「まあわたしは水浴びしたからね。フフーン」
「え、してたっけ? いつ?」
佐藤さんは得意気に髪をさらっと掻き上げてみたり、肌をさらっと撫でてみたり、ご自慢のさらっと感をフフーンと見せつけてくる。
これは一体どういう事なんだ? 佐藤さんが水浴びなんかしてたら気付かないなんて事はないはずだ。決して覗き見などという卑劣な真似はしないが、水浴びの音ぐらいは聞かせてくれたってよかったんじゃないだろうか。
「ほら、授業中に寝てたとき」
「あー、そりゃ知らないわけだ。……え、ってことはあの湧き水で?」
寝ていた時間は十分前後だったはずなので、三倍にしても三十分しか行動していないはずだ。となると遠くには行けないわけで、水浴びをするにはあの湧き水を使うしかない。
「うん」
「あの水は浴びるにはちょっと冷たすぎないか? 水量が少ないから時間もかかるだろうし」
「うん。寒すぎて死ぬかと思った。ファイアー小僧のボロ布が無かったら危なかったかも」
「だろうな……」
相変わらずとんでもない根性だ。そこまでするぐらいなら俺はベタついたままでいい。
俺がオシャレは我慢という格言を思い出し身を震わせていると、佐藤さんはまたしても髪をさらっと掻き上げてから、スッと斜め前方を指差した。さらっと感の演出に余念が無い。
「鈴木くん、見て見て。あっちにジャガイモいるよ。それも三匹」
「おー、良いな。しかもこっちに気付いてるか」
佐藤さんが指差す方を見れば、三個のジャガイモらしき影がこっちにトコトコ走ってきているのが見えた。これが初日や二日目であれば大いに慌てていたところだろうが、今となっては盗賊のパッシブ<盗む>と合わせて、種が四個か五個ぐらい手に入らないかなと思うだけ。
油断や慢心が良くないとは理解しているものの、本当にそれだけの差が付いたのだから仕方ない。
じゃがいも男爵はある程度の距離まで近付くと、こちらに向かって突進してくるようになる。以前はこれを横に躱してから隙を突いて攻撃していたが、今では正面からぶつかっていけばいい。
「ほっ」
突進してきたジャガイモの真ん中を、足の裏を叩きつけるようにして蹴る。プロレスで言うところのケンカキックに近いだろうか。突っ込んでくる相手にはこれが一番だ。
蹴りを受けたジャガイモは乾いた音を立てて弾け飛んで消える。やはり一発で仕留めると気持ちが良い。
そして今回はさらにもう一匹が俺に突っ込んできている。じゃがいも男爵が誰をターゲットにしたのかは事前にはっきりわかるので、特に不意を突かれるようなこともない。
さすがにもう距離が近すぎてケンカキックは間に合わないが、それでも問題は無かった。
「ふんっ!」
足をしっかり踏み込んで腰をグッと入れ、掬い上げるようにして拳を放つ。アッパーカットだ。こちらも一発でじゃがいも男爵を破壊し、俺の受け持ち分は終了。佐藤さんの方はとっくに終わっているので戦闘終了だ。
盗賊という中盤に開放される職のレベル八ともなると、さすがに最初のエリアではこの通り余裕綽々になる。次のエリアでも<ファイアー>さえ気を付けていれば問題無いだろう。
この様な具合で佐藤さんと楽しく談笑しながらお散歩感覚で夜の草原を歩き回り、ちょうど明るくなる頃に合わせて橋に到着。ジャガイモの種は二人合わせて七十二個となった。
さらに農家も開放できているので、目標は完全に達成したと言っていいだろう。
「嬉しい……嬉しいんだけど……」
「嬉しい悲鳴ってやつだな」
七十二個の種を持っているということは、七十二ヶ所耕して七十二個の種を植えて、七十二ヶ所を三回だから二百十六回水をやって、そして七十二回引っこ抜かなければならない。
現代ではこのように全て手作業でやっているところは皆無に等しいだろうが、それでも農家の偉大さを思い知るばかりである。
そして偉大ではない俺たちは少しでも作業を減らそうと、一番面倒な耕すという工程を半分に減らし、二回に分けてジャガイモを育てることにした。これによって必要な戦闘回数が倍増するが、レベルはいくら上げたって良いんだから問題は無い。
そして職業を農家に切り替えて畑仕事に精を出し、途中でついでに大根もいくつか植えたりなどもして、全ての収穫を終えることができたのは日も随分傾いた夕方頃となった。
最終的には収穫量を上昇させる農家の効果もあって、ジャガイモは俺のインベントリに二百個以上詰まっている。そして佐藤さんも同じぐらい持っているだろう。
あとはこれを焼く作業が残っているのだが、この大量のジャガイモを今日中に全て焼くのはもう不可能。なので今日は小さい焚火を熾し、今食べる分だけをちまちま焼くことにした。
というか今日はもうこれ以上面倒な作業はしたくなかった。大変なことは翌日の俺たちに丸投げする。
「今は旅人八、盗賊九、農家四、格闘家一だな」
「ほとんど一緒だね。わたしは旅人七で残りは同じ」
味付けしていないジャガイモをモサモサと食べながら、今後について打ち合わせる。特に職業はエタファン3の根幹とも言える部分なので、入念な計画の元に方針を定めるべきだろう。
エタファン3では各職業レベルが五の倍数になったときにスキルを覚えていくシステムだ。
なので現在の俺たちだと旅人十、盗賊十、農家五にしてから格闘家を……などと言いたいところなのだが、全ての職業でそんな事をしていてはキリが無い。
獲得経験値の少ないこの辺りでレベル九から十に上げるだけでも大変だし、こういう作業は中盤以降の俺たちに丸投げしたい。
「旅人と農家はスキルが微妙だし後回しにしよう。ただ盗賊は早めに十にした方が良いと思う」
「<気配遮断>ほしいもんね」
「でも格闘家も早く上げたいんだよな……素手だとうってつけのスキルが目白押しだ」
「ねー。それとヒーラーが……あっ、後ろ。来たよ」
「また俺かっ」
振り返ると、ファイアー小僧が頭上に<ファイアー>を出そうと手を掲げた姿が目に入った。
距離は二十メートル。ここから発射まで五秒か六秒。こちらの体勢は悪いが、それでも十分間に合う。
「フッ!」
盗賊になってぐんぐん伸びている敏捷を生かして素早く駆け寄り、その勢いのまま一発入れるだけ。それでファイアー小僧は倒せてしまう。生成途中の<ファイアー>は妨害を受けると掻き消えるので、間に合いさえすれば被弾する恐れも無い。
農作業中は力と耐久が伸びやすい農家のまま戦っていたのでこんな芸当はできなかったが、やはり盗賊になると高い敏捷値の強さを実感する。
「お疲れさま~。はいこれ、いい感じに焼けてるよ」
「ぐぬぬ……」
焚火のところに戻ると、ニコニコと上機嫌な佐藤さんが黒焦げのジャガイモを差し出してくる。
休息時の俺たちは向かい合って話しながら、それぞれお互いの背後を警戒しておくという布陣を採用している。昨日までは敵を発見すれば二人で向かって対処していたのだが、今はもう一人で十分なので近い方が倒しに行くことになっている。
そして現在、ここで休憩し始めてから受けた襲撃は六回。その全てが俺の受け持ちとなっていた。
別に一人で魔物を倒すこと自体は危険ではないし大変でもないんだが、まったり飯を食っているときにいちいち立ち上がって対処に向かうのは、もうとにかく面倒臭くてかなわない。
「くそっ、何故なんだ……何か原因があるのか……?」
「やー、やっぱあれじゃないかな。鈴木くんの魅力ってやつ。鈴木くんから醸し出されるオーラに、魔物も引き寄せられちゃうんだよ。キャー、鈴木くんかっこいー」
「…………」
わかっている。佐藤さんは今俺をからかっているということはわかっている。わかってはいるのだが、俺は今嬉しくて胸が切ない気持ちになっている。騙す気すら無い嘘だとわかってはいても……キャバクラやデート商法のようなものにハマるオッサンを理解できないと思っていたが、こういう事だったのか?
「……あれ? あっ、えっと。怒った? ご、ごめんね?」
「いや、ちょっともう一回言ってみてくれないか。特に最後のところ」
「えっ? …………きゃー、鈴木くんかっこいー?」
「ああ、ありがとう」
「……うん」
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