第17話
午前七時。自室のベッドでのっそり起き上がる。無事に今日も死なずに戻ってくることができたようだ。
向こうでは佐藤さんが言葉巧みにおだててくるものだから、俺もすっかり舞い上がっていい気分になってしまったが、それも日本に戻ってくると一旦精神状態がリセットされる。俺はもう騙されないぞ。
「しかし何とも末恐ろしい……いずれはやはり男を手玉に取る夜の蝶として、歓楽街でその名を馳せるのかもな」
そして俺はそんな佐藤さんに入れあげる数多の男の一人となるのだろう。源氏名ではなく本名を知っているという微かな優越感に浸ってしまうのだ。
「しかしキャバクラなんかに足繁く通うとなれば、一体どれだけの金がいるんだ? 安月給のリーマンじゃなくて、すんごい大金を稼げるようにならないと……」
「朝から何バカな事言ってんの。ほら、さっさと食べちゃいなさい」
「確かにおにーちゃんがカノジョをつくるのは大変だろうけど、まだ諦めちゃダメだよ。もうちょっと頑張ってみよう、ね?」
今までより二十分早く起きた分だけダラダラと準備をして、結局時間ギリギリに学校へと向かう。
なんだか寝惚けている間にひどい事を言われてしまった気がするが、これはもう毎朝のことなので特に気にしない。覚えてないなら何も言われてないのと同じだ。
「あー、鈴木くん。はよー……」
「おおー……」
学校に到着する頃にはさすがに寝惚けた頭もすっきりしてきて、そうなると今度はダルさが押し寄せてくる。
今までは異世界と学校のギャップに新鮮味があったりもしたが、それにも慣れてくるともうとにかくダルい。
二十三時から七時まで八時間就寝しているので、異世界では三倍の二十四時間活動したことになる。その直後に学校はあまりにもダルい。身体はしっかり睡眠を取って休んでいるが、心が、あるいは精神がひどく疲弊してしまっているのだ。
隣の席の佐藤さんも同じ状態のようで、席につくなり突っ伏して寝ようとしている。
「……ん?」
昨日の今日で朝からいきなり寝ようとするとは、やはり佐藤さんの凄まじさは計り知れない。だが今はとにかく取り決めに従って妨害しなければ。
「おーい」
「んぅ~? なぁに」
「なぁにじゃない。寝ても余計面倒臭くなるだけだぞ」
「えぇ~? なんで……あっ、うああ」
佐藤さんは疲れからか昨日のことはすっかり忘れて寝ようとしていたようだが、どうやら思い出したらしく呻き声を上げながら頭を抱えて天を仰いでいる。あまりにも痛々しい姿に思わず顔を顰めてしまう。
そうして俺たちは互いに監視し合い、時には実力行使で妨害し合い、なんとか全ての授業を乗り切ることができた。しかしこんな事をいつまでも続けていくわけにはいかない。
「俺は安全な拠点が必要だと思う」
「拠点?」
「ああ、拠点だ。入れるなら街でもいい。とにかく魔物が出てこない場所で心を休める時間が必要だ」
「なるほど……」
放課後になって、いつもの公園のいつものベンチでエタファン会議。今日の議題は拠点だ。
「あっちの疲れはあっちで落とすべきだろう。こっちに持ってくると日常生活もままならない」
「たしかに。明日明後日は休みだからいいけど、月曜日からはまた大変になるね」
「そう。そこで俺が考えた拠点がここなんだが、どう思う?」
「んー? 何ここ……あっ、リンの」
「そう、リンのいる河原だ」
俺がスマホで開いているのはエタファンの登場人物、リンが初登場する場所の画像だった。
リンとはエタファン3にて主人公シュンの仲間になる二人目のキャラクターだ。ゲーム開始時点で十四歳の天真爛漫な美少女格闘家である。
俺たちが薬草を集めるために入ろうとしている森の奥に、ぽっかりと一箇所だけ木が生えていない所がある。そのあからさまに何かある場所に行くと、格闘家として山籠もりの修行をしているリンと出会い仲間になる、という流れだ。そのリンは当然もう死んでしまっているのだが、リンが修行していた河原はそのまま残っているはずだ。
綺麗な小川の流れる開けた場所で、ロケーションとしては申し分無い。さらにアイテムを採取できるスポットがあって、ここでは複数の果物を入手できる。
そして何よりあの場所はイベントエリアとなっていて、なんと魔物が一切出てこない。その辺りが忠実に再現されているかは不明だが、確かめる価値は十分あるだろう。
「そっか。綺麗な水がすぐ近くにあって、開けてるから農業も簡単にできるし……それに、く、果物……。もし魔物が出るとしても、ここを中心にしたいかも」
「だろ? まあ、森の奥にあるここにちゃんと辿り着けるかどうかが問題だけど」
「あー、そっか。頑張って地形とか覚えないとだね」
地形といっても簡略化されたワールドマップしか情報は無いので、あの山の真南、あの川の曲がってるところから真西、といった程度の覚え方しかできないだろう。それでも完全な当てずっぽうで臨むよりも少しはマシなはずだ。
「あっ、それとジャガイモだよ。どうする? 全部焼く?」
「うっ……ジャガイモなあ」
合計四百個を超えるジャガイモ。それも小粒ではなくそこそこのサイズの男爵イモだ。それを外側が黒焦げになるのも構わず、中身が多少柔らかくなるまで火を通すという調理方法なので、どうしてもある程度時間が掛かってしまう。
それでも焚火に四百個のジャガイモを全部放り込んで少し待てば完成、となるならまだ良いのだが、当然一回でそんなに大量のジャガイモを焼けるわけがない。何回も何回も繰り返す必要があり、相当に気が滅入る作業だ。
それにいくら簡略化されているとはいえど、自分達で育て収穫したジャガイモなのだ。最初こそ嬉々として焼いていたが、段々ロスの多さにも抵抗が生じてきていた。
しかし俺たちが入ろうとしている森には、歩くマッチ棒であるファイアー小僧が出てこない。森に籠るつもりなら己の心を捻じ伏せて、大量のジャガイモを焼いておかなければならない。
「まあ、なんだ……実際に焼いてみて判断しよう。面倒臭くなってきたら中止とかで」
後ろ向きなふんわりした方針だが、佐藤さんからも特に反対は無かった。
「何か良い方法があればいいんだけどね」
「……うーむ」
鍋があればロスが無くなるし、食べ方にもバリエーションが出てくる。今の俺たちには伝説の武器やら強力な魔法なんかよりも、とにかく鍋が必要だった。
思い付く手段としては、村に侵入してかっぱらってくるか、どこかちゃんと入れる街で金を稼いで買うか。どちらかになるだろう。
「どこかのダンジョンの宝箱で剣とか出てこないかなー」
「剣?」
「うん。剣でジャガイモの皮を剥いて、剣でジャガイモを切って、剣を鉄板にしてジャガイモを焼いたらいいんじゃないかなって」
「お、おお……」
さすが佐藤さんだ。野蛮な剣も家庭的な女子である佐藤さんにかかれば、それ一本で全てをこなせる完全調理器具になってしまうのか。
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