第15話

「んむ……」


 目が覚めてのっそりと起き上がると自室だった。なんだかぼんやりしてしまっているが、本来寝起きとはこんなものだったか。

 死んで戻ってくると凄く嫌な気分になるのだが、パキッと目覚めるという点だけは良かったのかもしれない。

 昨日はここからゆっくりエタファン3について調べる時間もあったのだが、今日は七時二十分起きなのでもう登校の準備をしなければならない。


「んまい……」

「ん、何? どうしたの急に」

「いや、美味いなあって」


 納豆ご飯に昨日の晩飯の残り物を少々、という朝飯をモソモソと食べていて気付いた。これは美味い。


「この美味さは一体……はっ、そうか。味がついているんだ」

「あんたね……」

「おにーちゃんがアホになっちゃった。あっ違った、元からだった」


 俺に対する謂われなき誹謗中傷を聞き流していざ登校。その道中で考えるのは、さきほどの俺のアホな発言についてだ。


「塩分かー……」


 異世界でついに食事……と言っていいのかわからないお粗末さだったが、とにかくジャガイモと大根を食べることができた。

 しかしジャガイモはただ焼いただけ。大根は生のまま。当然何の味付けもされていない。

 エネルギーになるなら何でもいいと思って喜んでバクバク食べていたが、味の問題だけじゃなく塩分不足は……多分何かしらの健康的に良くないことを招くはずだ。


「海水から製塩するか……? いや、無理か」


 今行ける範囲にある海というと、最初の草原の南側にしかない。そこにファイアー小僧はいないので、火は使えないということになる。というかそもそも鍋が無いから火があっても意味が無い。となると天日干しだが……詳しくは知らないが相応の設備と時間が必要だろう。非現実的だ。

 定期的に死んでリセットをかけると覚悟して塩の問題を無視するかどうか。この辺りも佐藤さんと話し合っていかなければならない。


「というわけなんだが」

「えーっと、塩分不足は……疲労感、頭痛、吐き気等々。何か色々大変っぽいね」

「だろ。あ、それと起きる時間は俺も七時にするわ。夜に一人残されるのはちょっと辛い」

「あっ、それはたしかに嫌かも……。……鈴木くん、ほんとに七時にした? 六時五十分とかにしてない?」

「うーむ。……それも面白そうだけど、リアクションを見れないんじゃあんまり意味が無い。こっちの睡眠時間とあっちの活動時間を削ってまですることじゃないな」

「面白そうって言った?」

「あ、先生来たな。授業だ授業」

「むむむ……」


 席が隣だとわざわざ集まらなくても意見交換ができるのは非常に楽で良い。安全な場所でスマホを使って攻略情報を集めながら話ができる、という点も大きいか。

 異世界の方ではダラけているときですら、常にある程度は気を張っている。こっちで目が覚めるだけとはいえ、命の危険と隣合わせなのだから当然といえば当然なのだが。


 その反動か、日本にいる間はどうにも気が抜けるようになってしまった。油断して背後から奇襲を仕掛けられることもなければ、水や食料の不足で追い込まれることもない。

 異世界に行く以前は学校で気を張って家で緩めていたものだったが、それが今ではすっかり逆転してしまっていた。

 今は授業中だというのに、隣の佐藤さんも気を抜いて眠りこけている。……いや、これは前からか。


「…………ん?」


 いや、たしかに気が抜けるとは思ったが、寝ちゃ駄目なんじゃないか? 寝たら異世界に行ってしまうのでは……?

 消えてないから行ってないのか、それとも意識だけ飛ばしてるような形なのか。異世界に行っている間にこっちでどうなっているのか、確かめていないから何とも言えないが……起こした方が良いだろうな。眠気はしっかり溜めておかないと、夜に眠れなくなって困るかもしれない。


「おーい」


 小声で呼びかけながら肩を軽く叩いても一切反応が無い。強めに揺すってみても反応が無い。これはもう異世界行ってますわ。

 今頃一人で暇を持て余しているのだろうか。ジャガイモ狩りに励んでいるのかもしれない。


 というか、これ本当に起きるのか? 八時間ぐらいこのまま寝てるんじゃ……いや、そうなると向こうで自殺するか。さすがに佐藤さんでも授業中に寝てしまったことには気付いているだろう。そのまま二時間か三時間も経てば、こっちでヤバい事になるのはわかるはずだ。

 ……そのはずなんだが、やはりちょっと心配だ。あるいは佐藤さんも向こうで俺に起こされるのを待ってるかもしれない。もう無理やり起こすとしよう。

 肩を叩いたり揺すったりで効果が無いなら、もうこれだ。シャーペンの頭の方で脇腹を突く。これで起きないならもう何をしても無駄だろう。


「ほっ」

「ッ!?」


 強めに突いてあばら骨をぐりっと抉るようにしてやると、佐藤さんの肩がビクリと跳ねて顔が上がった。無事目が覚めたようで何よりだ。

 何だか隣の席からジトッとした視線を感じるが、今は授業中なので俺は気付かない。絶対に気付かないぞ。


 そしてその後の全ての休み時間をあれこれ理由をつけて逃げ回ったが、放課後にあえなく御用となった。いつもの公園のいつものベンチでエタファン会議だが、最初の議題は授業中に寝てしまったときの起こし方についてだ。


「いや、違うんだって。肩を叩いても揺すっても全然起きないから。ほら、もう苦肉の策というか、そうするしかなかったというか」

「ふーん」


 いや、これは会議ではなく尋問だ。佐藤さんはベンチで背を丸めて座る俺の前に腕を組んで立ち、厳しい目で見下ろしてきているが……ここは無罪を主張したいところだ。

 俺だってやりたくてやったわけ……ではあるが、最初からやろうと思っていたわけではない。それに佐藤さんを助けたいという気持ちが心の片隅にあったのも事実。こうなると情状酌量の余地があると認めざるを得ないだろう。

 そんなことを必死に訴えてみるが、佐藤さんは「片隅……?」と不満気な表情を浮かべている。


「うーん、まあいいや。でも次からは何というか、もうちょっと……その、普通な感じでお願いしたいかな」

「えっ? ああ……でもどうすれば……? というかまた授業中に寝るつもりなのか」


 何か知らんが許されたらしい。まあ寝たら異世界に行くという状況で授業中に寝る方が悪い。


「いや、もう次寝たら何されるかわかんないし、なるべく寝ないつもりなんだけど。ほら、ね?」

「ね? と言われても……そもそも起こしたのはどうだったんだ? 放っておいた方が良いとも思ったんだが」

「あっ、それは困る。自殺しようか迷ったもん」


 やはりそんな感じだったか。これはもう迂闊にうたた寝もできなくなってしまったようだ。

 さらにその後の協議の結果、今後の授業中での睡眠に関しては以下の通りに取り決めが成立した。

 ・まず寝る前の段階、何かウトウトしてるなと思ったらその時点で妨害すべし。

 ・奮闘空しく寝てしまった場合は、なるべく速やかに起こすべし。

 ・起こし方は極力穏当なものにすべし。

 ・いよいよこれはマズいぞと思ったら多少無茶なことをしても良い。


 最後に関してはかなり渋々といった様子だったが、本当に肩を揺すった程度じゃ起きないのだから仕方ない。


「うーむ。じゃあシャーペンの頭は角ばってたし、次やるとしたら丸っこいペンにするか」

「シャーペン?」

「ん? そう、シャーペン。シャーペンの頭のところで脇腹をぐりって」

「あっ、そういう……お腹の辺りに何かされた感触があったから、手でこの辺をまさぐられたのかと思った」


 そう言って佐藤さんは自分の胸から腹の辺りを手でわさわさーっとしてみせた。

 そんなことをされたと思ったなら、そりゃ怒るのも当然か。というかよくその認識ですぐ許したし、渋々ではあるが次もまたやる許可を出したな。

 しかしこれにはさすがに物申したいところだ。


「いやいやちょっと待て、さすがにそんな事はしないぞ。俺を何だと思ってるんだ」

「う、うーん。でも鈴木くん、この辺をよく見てくるし」

「……」


 この辺、というのはつまり佐藤さんの胸部なわけだが、それは仕方ないだろう。

 今みたいにブレザーを着ているならともかく、エタファンの世界ではペラいボロ服でパツパツになっているのだ。どうしても目が吸い寄せられる。

 ここはどうにかして言い訳……は別にしなくてもいいか。どうやらあまり気にしていないようだし。

 中学時代は超絶クール優等生として名を馳せたこの俺が、ちょっとスケベなお調子者キャラになるのもまた一興、というやつだ。

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