第6話
佐藤さん目掛けて突進するジャガイモ男爵を追いかけて走る。
そして佐藤さんが突進を横に躱し、ジャガイモ男爵はそれを見越していたのか急停止。
佐藤さん一人ならばここからインファイトの殴り合いになるところで、前回はそのままボコられ続けて死んでしまったらしい。
しかし今は俺もいる。
「うらぁ!」
立ち止まったところに斜め後ろから飛び蹴りを炸裂させると、ジャガイモ男爵は木っ端微塵に砕け散った。
「お~! すごいすごい!」
二人で何度か戦ったことで、ジャガイモ男爵に対する戦法は確立した。
ジャガイモ男爵はランダムにターゲットを決めると、とにかくその対象に向かって攻撃を続けるようなので、それに選ばれなかった方が隙を突いて攻撃する。
たったそれだけのシンプルな作戦だったが、これでほぼダメージを受けず倒せるようになった。
「あっ、なんか、これ。お、おおお~?」
戦っている間に新手が近づいてきていないかと周辺を警戒していると、急に佐藤さんが奇声を上げだした。魔物を呼ぼうとでもしているのだろうか。
「鈴木くん鈴木くん。私、レベル上がったっぽい」
そうだ、ジャガイモを何匹も倒しているんだ。そりゃレベルも上がるか。
佐藤さんは虚空をぼんやり眺めている。メニュー画面を開いてステータスをチェックしているようだ。
メニュー画面は合流してすぐに「メニュー見たい」と思ったら勝手に開いた。自分以外には見えないプライバシー完備仕様である。
レベル 旅人 5
ステータス HP 20/21
MP 3/3
力 5
耐久 5
敏捷 5
器用 5
魔力 3
精神 4
スキル 遠見
暇なので俺もステータスを眺めてみるが、悲しくなるほどの弱さだった。
軒並み一桁のステータス。一つしかないスキル。なんとも簡素なものである。
なお、旅人レベル五で覚えた『遠見』というスキルは、近くにある村や街、洞窟等の位置を調べるという効果だ。これの使い方も、ただ「『遠見』を使いたい」と思えば発動する。
実際に使ってみると、俺が殺された村の位置が何となくわかった。あっちの方向にそこそこの距離、というかなりざっくりした情報ではあるが。
そして佐藤さんのステータスも口頭で教えてもらうが、俺はこの数値に違和感を覚えている。
レベル 旅人 3
ステータス HP 19/19
MP 3/3
力 4
耐久 4
敏捷 4
器用 4
魔力 3
精神 3
スキル
力を例に取って考えてみるが、俺と佐藤さんの力はそれぞれ五と四。
この数値がそのまま筋力の強さだとすると、仮に俺が握力五十kgだった場合、佐藤さんは四十kgということになる。
さすがにこれはおかしい。感覚的には倍以上の差があるのだ。
もしこの考えが正しく、数値通りの能力ではなかったとしたら……元の肉体の能力にパラメータ分の補正が掛かっている、なんていう形だろうか。
確かめようがないのでひとまずこれで納得しておくことにする。
「ほんと弱いねー……」
佐藤さんは低いステータスを殊更気にしている。ゲームの方をプレイしているからこそギャップを感じているのかもしれない。
「今はそりゃ弱いけどな。現状でこの低いステータスなら、ガンガン上げていったときにどうなってるかが楽しみではあるぞ」
「お、おお~。そうだね、なんかワクワクするかも」
「だろ? 三百とか四百になる頃にはとんでもない超人になってるんじゃないか? ジャガイモなんか小指で突いただけで爆散するだろ多分」
「ふおおお~……」
チョロすぎて若干心配になる佐藤さんが元気を取り戻したところで先を急ぐ。目的地はなるべく上流の方の川だ。
ここはゲームでいうところの最初の村の東にある広めの草原。スタート地点はその真ん中付近だと思われる。
村の方に行けば大きい川があることはわかっているが、村にはあまり近寄りたくない。そして村の下流の水は飲みたくないし、村の上流側は遠すぎる。
よって現在は、北にある山脈の方に向かって歩いていた。
ゲームのワールドマップでは草原の北に川は描写されていなかったが、あれは縮尺が大きすぎるせいだろう。現実の世界として起こしたなら山には絶対沢があって、それが集まって川になる。……はずだ。
不確定要素を省くなら昨日と同じように丘の上で夜明けを待ってから動くべきなのだろうが、飢えと渇きがそれを許さない。満足に歩ける間に、水分補給ができる場所まで辿り着いておく必要があった。
そして多少休憩を挟みつつ歩き続け、体感で二時間ほど経った頃には、もう俺たちの間に会話は無かった。
「……」
「……」
いよいよ喉や口の中が渇いて会話すら億劫になってきていたのだ。
前回早く死んだ分だけ佐藤さんにはまだ若干の余裕があるかもしれないが、俺の方はもう限界が近い。
それに魔物となるべく遭遇したくないという意図もある。話し声が聞こえたせいで見つかりました、なんて事態は極力避けたいところだった。最初の頃こそついでにレベルを上げたいと思ってはいたが、今では疲労を抑えることの優先度が遥かに高まっている。
丸くて赤いヤツ、正式名称レッドボール。変な草のバケモノ、正式名称くさアニマル。こいつらなら簡単に倒せるので、戦うことになってもそこまで負担は無い。
しかし、一回り強いジャガイモ男爵だけはどうしても心身ともに消耗してしまう。それに動きが鈍ってきた今では、安全に勝てる相手ではなくなってきているかもしれない。
そして、こんな時に限ってなのか、あるいはこんな時にこそなのか。内心恐れていたことが現実として目の前に現れていた。
ジャガイモ男爵。それも二体同時である。
ゲームでも魔物は複数出現することが多く、いくら現実になって色々と変わったところがあるとはいえ、いずれ複数の魔物と同時に戦うときが来るとは思っていた。
しかし、よりにもよって今。それもジャガイモ男爵とは。
こちらが先に発見できたのが不幸中の幸いだろうか。
「……」
「……」
後ろを歩く佐藤さんに静止の合図を出し、ジャガイモ男爵のいる方を指し示す。
佐藤さんもジャガイモ男爵が二体いることがわかったのか、怯えた表情を浮かべ……ることはなく、露骨に顔を顰めて面倒臭そうな様子を見せた。どうやら感想も俺と一致したらしい。
なんだかもう守るべき対象どころか、気の合う相棒のような感じになってきた気がする。
しかしそんな俺たちでも、バディとなってまだ一日目なのだ。目線だけで以心伝心とはいかないし、こういったケースでどう対処するのか話し合う時間もなかった。
発見されないよう息を潜めつつ目線と手ぶりでどう対応したものか相談するが、佐藤さんが何を言いたいのかさっぱりわからない。
「……。……!」
「……? ……」
攻撃するか、ジャガイモがどこかへ行くのをこの場で待つか、引き返して遠回りするか。選択肢は大きく分けてこの三つだろう。
攻撃するにしても、まともにぶつかると苦戦は必至。おそらく勝てるとは思うが、ある程度のダメージは受けてしまうだろう。そうなると倒せてもその先がさらに苦しいものとなる。
上手く奇襲できれば多少リスクは軽減されるが、そもそもここからではゴツゴツした丸い影が見えるだけで、ジャガイモ達がどちらを向いているのかがわからない。都合よく反対側を向いていると願って仕掛けるのは分の悪い賭けだ。
待つのは極力避けたい。俺は一刻も早く水が飲みたいんだ。
となるとやはり少し下がって距離を空けてからぐるっと遠回りするのが無難な選択ということになる。そもそも確信があって進んでいるわけではないので、多少の方向転換があったとしてもロスになるとは限らないのだ。
しかしどうにも佐藤さんには別の考えがあるらしい。
少し考え込んでいると、いつの間にか佐藤さんは石を見つけていたようだ。拾った石をずいっと俺に見せつけてから、明後日の方向に投げる動作をして、こちらを向いて少し首を傾げた。
……これは漫画とかでたまに見るやつだ。石で物音を立てて注意を逸らそうというのだろう。そしてその作戦の是非を俺に問いかけている。
「……」
「……っ!」
無言でグッと親指を立ててみせると、佐藤さんは頷いて石を放り投げる。うっかり足元に叩きつけたりするんじゃないかと少し心配だったが、どうやら良い感じの場所に落ちたようだ。
そして思惑通りジャガイモ達はまんまと石が落ちたところへテクテク向かっていく。これほどあっさり成功するとは……。
ともあれこれで遠回りせずこの場を通り抜けられそうだ。音には敏感に反応することがたった今実証されたので、極力足音を立てないように、かつ素早くジャガイモ達から離れて……と思っていると、佐藤さんに服の裾をくいくいと引っ張られた。
「……?」
「……」
「……? ……!?」
何事かと振り返ると、佐藤さんは指でジャガイモの方を指差し、拳を握って小さくパンチするような素振りを見せてきた。
……これは、今なら背後から先手が取れると言いたいのか。なんて好戦的な女だ。
止めて離れるべきだと提案しようと思ったが、佐藤さんはもうジャガイモの方に鋭い目線を向けていて、今にも飛び出して行きそうな構えだ。
言い争っている間にジャガイモ達が元の場所に戻ろうとしないとも限らない。こうなってはもう覚悟を決めて足並みを揃えるしかないだろう。
ここから勢いよく走り出して足音を立てると、ジャガイモ達に振り返って対応する時間を与えてしまう。一息で攻撃できる距離までは気付かれないように近付く必要がある。
この世界に来て初めてのスニーキングミッションの開始だ。こういうゲームではなかったはずだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます