第5話

 放課後、二人で近所の公園のベンチに座って話し合う。

 家の方向こそ違えどお互い自転車通学なので、揃って行動しやすいのは助かる。


「攻略サイトとか動画があるならいらないかもだけど、せっかく買っちゃったし一応やってみるよ」

「まあこういうのは見るだけなのと実際にプレイするのとでは違うだろうしな」


 佐藤さんは死んで目覚めてからしばらくは再び寝ようとしていたが、外が明るくなる頃に寝るのを諦めて、ジ・エンドオブエターナルファンタジーサガ3、略してエタファン3をダウンロード販売で購入したらしい。

 時間が無くてプレイはしていないが、ダウンロードは既に完了しているそうだ。


 一方俺は対応するハードを持っていないので、情報収集は攻略サイトと動画に頼ることになる。

 攻略サイトはなかなかの充実度だし、動画は普通の攻略動画からRTA、縛り動画まで色々ある。情報源として不足することは無いだろう。


「やっぱ一番大事なのは、職業システムか」

「だねー」


 俺のスマホで解説動画を再生し、佐藤さんのスマホで攻略サイトを開く万全の体制で情報収集に励む。

 向こうに行っている間は当然何も調べられないので、こちらにいる間になるべく頭に叩き込んでおく必要があるのだ。


「鈴木くん鈴木くん。ほら見て見て、魔物テイマーだって」

「定番っちゃ定番のやつだな」

「ジャガイモ男爵もテイムできるのかな?」

「さ、さあ……?」


 佐藤さんがジャガイモを飼ってどうするつもりなのかはともかく、魔物テイマーを含めて職業の情報は非常に重要だ。

 このゲームのキャラクター本体にはレベルという概念は設定されておらず、それぞれ職業のレベルを上げていくシステムらしい。


 ステータスはそのときに選択している職業と、そのレベルによって決まる。

 さらに選択していない職業からの補正も入るようで、全ての職業をたった十でもレベルを上げていれば、その合計補正値はかなりのものになるようだ。


 逆に一つの職業をずっと続けていくスタイルは非常に効率が悪いらしい。仮に他を全て捨てて一つの職業をレベル九十九にしてもさほど強くない上に、そこまでにかかる労力はとんでもないとのこと。これはいわゆる縛りプレイと呼ばれる類のものだ。

 メインとする職業のレベルが三十になる頃には、開放されている職業をレベル十ぐらいまで上げておくのが定番の育成法らしい。


「ざっと調べてもやっぱり転職だな。転職条件さえ覚えておけばそんなに困ることも無さそうだ」

「魔物テイマーの転職条件はテイムを一回成功させること、だって」

「ああ……そういう感じの条件だと、テイムの方法まで調べとかないと駄目か」


 思ったより覚えることは多いかもしれない。だがまあ、全部を完璧に覚えるのはおいおいということでいいだろう。何も焦る必要は無い。


「あとあれだ、寝る時間。これだけはきっちり合わせておいた方が良いな」

「はい鈴木くん!」


 俺が就寝する時間について言及すると、佐藤さんは勢いよく右手を挙げた。何か言いたいことがあるらしい。佐藤さんが生徒で俺は先生だな。


「はい、佐藤さん」

「私二時起きだったので、もうかなり眠いです!」

「……ちゃんと合わせないと、また一人で草原に放り込まれることになりますよ」

「い、嫌です! 我慢します! ……あれ?」

「どうしました? 佐藤さん」

「今日寝たらどこに出るんだろ? 死んだところかな?」

「……」

「……」

「もしそうだとしたら、俺はまた村のド真ん中に……?」


 そうだ、なんか勝手に最初の所からスタートだと思っていたが、当然そんな事は確かめていない。

 気楽にゲームを攻略などと偉そうに言ったものの、またあの状況に放り込まれてはさすがに楽しめはしないだろう。

 とりあえずお互い二十二時に寝るように努めると示し合わせて解散する運びとなった。




「……草原だ」


 こっちの世界に来て村だったらどうするのか、とシミュレートしているとなかなか寝付けなかったが、それはどうやら杞憂だったらしい。

 前回死んだからスタート地点に戻されたのか、こっちに来るときは毎回ここからなのかは未だ不明。後者だと大変そうなので前者であることを願うばかりだ。

 そして今度は夜ではなくギリギリ夕方、まさに黄昏時に来てしまったようだ。明るくなるまで場合によっては半日近くかかるかもしれない。


「えっと、鈴木くん……?」

「佐藤さ……ん?」


 声のした方を振り返れば、そこには佐藤さんに似た誰かが立っていた。

 薄暗くてはっきりとは見えないが、顔立ちは佐藤さんによく似ている。身長も体格もおそらくこんな感じだっただろう。ただ色合いが違う。

 濃い目の茶色な髪は淡い桃色に。瞳の色も元の色はわからないが、今のような緑色ではなかったはずだ。

 総じてド派手になっている。


「ちょっと暗くてよく見えないけど……鈴木くんの顔だ。でも髪が緑っぽいような……? 目も青いし」

「俺もか。じゃあこっちに来ると色が変わるんだな」

「……あれ? じゃあ私も?」

「おう。凄いことになってるぞ」


 佐藤さんは肩まで伸ばしている髪を目の前まで持ってきて直に見ようとしている。少々間抜けな絵面だ。


「あっ! 暗くてよくわかんないけど、なんか色があんまり無い……金? 白?」

「ピンクだよ、ピンク。薄ピンクだ」

「ピンク!?」


 どうやら俺は髪が黒っぽい緑に。目は透き通るような青。そして肌は元より若干日焼けしているように見えるらしい。佐藤さんほどハッキリ変わったわけではないようだ。


 そして服装は俺と同じ。RPGなどで何も装備していないときに、裸にするわけにはいかないから装着される簡素な服だった。

 それほど露出が多いわけではないのだが、少々目のやり場に困る格好なのは間違い無い。しかしいずれ装備も更新されるだろうから、今のうちに目に焼き付けておくことにしよう。


「にしても……本当にまたここに来て、しかも無事に合流できたか」


 実のところ未だに五パーセント程度は夢であるという可能性を捨てきれていなかったが、こうなってくるともう疑う方が馬鹿らしい気分になってくる。これからは腹を括ってこの世界の攻略に乗り出すべきだろう。


「ほんと良かった……一人だと絶対無理だったよ」


 佐藤さんは俺と合流できたことが嬉しいのか、心からホッとした表情で気を抜いてしまっている。

 そんな佐藤さんに残念なお知らせをしなければならない。


「佐藤さん、合流できたのはいいけどな。実は今俺たちは大ピンチに陥っている」

「はえ? ……き、聞きたくないかも」

「村人は村に行かなければ多分大丈夫。ジャガイモとかの魔物も倒せる」

「う、うん。……え、何? 他に何かいるの?」

「何かいるっていうより、何も無いってのが正しいかな。水と食料が無い」


 結局のところ、なんだかんだで前回一番困ったのはこの問題だった。

 腹が減って喉が渇くから力が出ず、だから徐々に消耗して追い詰められていって、ノコノコと怪しい村に行かざるを得なくなったのだ。

 殺されてしまったという衝撃が大きすぎてすっかり忘れていたが、この世界に来た瞬間に自ずと思い出すことになった。


「昨日は多分こっちに来たのが、夜明けまでの時間からして多分午前0時から一時ぐらいなんだよ。そんで死んだのが真っ昼間だから、大体十二時間ぐらいいたことになる。でも日本では四時間ぐらいしか経ってなかった」

「……三倍だね。ラスボスが死ぬのを待つために加速したっていう」

「そう。それがまだ効いてるっぽいんだよな。てことは仮に七時間寝るとすると、こっちで二十一時間行動することになる。その間飲まず食わずで動き続けるのはさすがにキツい」

「うへ~……」


 今日の昼休みに昼飯を食い損ねて絶望し、五限目の休み時間に弁当を急いで食べていたのを隣の席の俺はバッチリ目撃している。ほぼ丸一日の絶食など、佐藤さんには到底耐えられないだろう。


「そして今の俺は、昨日こっちに来たときより腹が減ってるし喉が渇いてる」

「え? し、死ぬ前の状態を引き継ぐってこと?」

「多分完全にってわけじゃないけど、かなり引き継ぐっぽい」

「…………」


 あまりの事態に佐藤さんは唖然として固まってしまった。

 ヘロヘロの状態でスタートして、魔物にボコられ二人揃って死亡。そのループに陥る想像でもしているのだろうか。


「方針は決まったな」


 佐藤さんと目を合わせ、無言で頷き合う。未だかつてないほど真剣な眼差しだった。


 当面の目標は、生活基盤の確保だ……!

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