第4話
佐藤さんがうららかな春の陽気に誘われて授業中にうっかり寝ていると、夢の中に神を自称する怪しい人(性別不明)が現れた。
神は遊びの一環でジ・エンドオブエターナルファンタジーサガ3なるゲームの世界を実際に作ったはいいものの、主人公だけは特に会話もせず性格も設定されていないタイプのキャラだったため、どう作って良いかわからず困ってしまった。
そこで若くして死んでしまった日本人の少年の魂を主人公シュンの中に埋め込み、主人公役をやってもらうことに。
そしてシュンくんがゲームの世界を原作通りに攻略していく姿を眺めて楽しんでいたのだが、最後の最後、惜しくもラスボスに負けて主人公パーティーは全滅してしまったのだという。
「とんでもない神がいたもんだ」
「ね」
失敗してしまった世界に興味を失くした神だが、うっかりゲームのラスボスを倒さないと世界が消せないように作ってしまっていた。
しかし神が直接世界に干渉することはできない。
世界を三倍早回しにしてラスボスが息絶えるのを待ってみたが、どうも瀕死というほどギリギリの状態ではなかったらしく、しぶとく生き続けているとのこと。
そこで白羽の矢が立ったのが、波長が合って交信ができてしまった佐藤さんだった。
「波長」
「うん、波長。あとはたまたまタイミング良く寝てたからだって」
神から佐藤さんへの要求は一つ。弱っているラスボスにトドメを刺すこと。
そうすれば綺麗さっぱり世界を消し去って、すっきりできるのだという。
「断ったんだよ。前の人が死んだっていうからね、私も死んじゃいますって」
「こっちで死んだわけでもないしな。やる意味が無い」
「そうそう。そしたらね、じゃあそっちにいたままで、それも死なないようにしてやるって」
こちらの世界で寝ている間だけゲームの世界に入るという形になり、一応安全は担保されてしまった。
懸念点をあっさり解消されて窮した佐藤さんは、それでもやはり断った。私一人では無理だと。
「死なないって言っても、やっぱり恐いし心細いし」
「そりゃそうだ。実際昨日はマジ恐かった」
すると神は「じゃあ誰か一緒ならいいんだな。誰がいい?」と、またしてもあっさり対応しようとしてくる。
これに慌てた佐藤さん。急に言われても誰も思い付かない。そして絞り出した答えが、寝る直前に最後に見た人物―――
「隣の席の鈴木くん、と」
「は、はい。そうでございます……」
断り文句を全て潰された佐藤さんがしどろもどろになっていると、授業終了のチャイムが聞こえて目が覚めてしまう。
しかしちゃんと承諾した覚えはないし、そもそもあれはただの夢で気にすることもない。
ただやっぱりちょっと気になるから、いつもより早く寝て何もないことを確かめて、不安を解消してしまおう。
そう思って就寝すると、本当に異世界に行ってしまった。
いきなり夜の草原に放り込まれて怯えてしまい、コソコソと気配を消しながら歩き続けたのだという。
「赤い変なのと、草の変なのはやっつけたんだけど。あのジャガイモ男爵に殺されちゃって」
「ジャガイモは妙に強いもんなあ……ん?」
怯えてコソコソしていたと言う割には、赤くて丸いアレと草のバケモノは倒したらしい。
これからこのか弱い少女を守りながら異世界を旅することになるのかと思っていたが、どうもそんな感じにはならなさそうな気がしてきた。
虫も殺せなさそうな可愛らしい顔をしているが、見た目通り弱々しいというわけではないようだ。
「それで夜中の二時に目が覚めたんだけど、寝たらまたあそこに行くんだと思うと恐くて寝付けなくて」
「寝ようとはしたのか……」
なんだこの女、思った以上にタフだぞ。
俺が起きたのは四時だったが、そこからもう一度寝ようとは到底思えなかった。とんでもない度胸と根性だ。
「ち、違うの違うの。ちょっと混乱しててわけわかんなくなっちゃって……それでやられっ放しは悔しいって気持ちが、こう……」
何の言い訳にもなっていないが、佐藤さんの気持ちもわからなくはない。
俺が最後に反撃できた原動力は悔しさだったし、あのまま何もできずに殺されていたら、佐藤さんと同じようになっていた気がする。
「まあ、うん。殺されるのは悔しいもんな」
「えっ。鈴木くんも死んじゃったの? やっぱりジャガイモ?」
「いや、村人。囲まれて槍で滅多刺しにされた」
「めっ……」
凄惨な死に様を想像したのか、佐藤さんは顔色を悪くして固まってしまった。
しかし改めて思い返してみても、あれは自分のことながら壮絶な最期だった。
「うーん。まずは人がいるところに行きたいと思ってたけど、行ったら殺されちゃうんだね……」
「なんか村全体がピリピリしてたぞ。どこかと敵対してて戦争してるみたいだった」
「あっ、それ聞いたかも」
「聞いた? 誰に……って神か」
「うん。世界中が政情不安なんだって」
どうやらラスボスに全滅させられた主人公くんのパーティーには、ゲームあるあるというべきなのか、各国の主要人物が何人も参加していたらしい。
それがまとめて死んでしまったものだから、各国の混乱は避けようがなかったようだ。
そして上の混乱は下へとより強い形で波及し、大勢の食い詰めた人々が山賊などに身をやつす大変な状況になってしまったという。
「それでか。村人が殺気立ってたのも納得がいったわ」
「うん、その……ほんとごめん」
巻き込んでしまったこの状況が、思っていたよりもさらに悪いものだと気付いたのだろう。佐藤さんは申し訳なさそうに何度も謝ってくる。
確かに巻き込んでおいて何も気にしていなかったら腹が立つだろうが、いつまでも神妙な態度を取られても逆に困ってしまう。どうしたものだろうか。
「あー、佐藤さんや」
「は、はいっ」
改めて話しかけると、佐藤さんは勢いよく返事をして背筋を伸ばし、傾聴の構えを取る。ノリが良い。
「確かにこれは辛くて苦しくてクソ面倒な、大変な状況だと思う。おまけにいつ終わるのか見当も付かない」
「うっ。は、はい」
「でもな。せっかくゲームの世界に入るとかいう凄い体験ができるんだ。どうせやるんなら楽しくいこう」
「す、鈴木くん……!」
これは決して佐藤さんを宥めるための嘘というわけではない。元々ずっと何か面白いことが起こらないかと、日々を退屈に過ごしていたんだ。
面白い何かに遭遇するためには、自分で何か面白いことをするか、面白いことをする人の近くにいる必要がある。
俺は自分で何かしようと考えていたが、それより先に近くの人が面白いことを持ってきてくれた。それだけの事だ。
「俺一人でもジャガイモぐらいなら倒せるからな。二人いればもうジャガイモに殺されることは無いだろ」
佐藤さんは感極まったのか、目に涙を浮かべて喜んでいる。
しかし泣きたくなる気持ちはよくわかる。俺も佐藤さんの立場なら不安で仕方がなかっただろう。
もし協力を断られでもしたら、これから毎晩寝る度に殺され続けることになっていたかもしれないのだ。
「ジャガイモを倒したときに力が湧いてくる感覚があったし、多分あれがレベルアップなんだろうな。そういうシステムがあるんなら、ゲームを攻略する感覚で気楽にやっていけば何とかなるだろ。ちょっとリアルすぎるゲームだけど」
「うん……! うんっ……!」
「それで、あー……昼休みはもう終わるか。じゃあ続きは学校終わったらでいいか?」
「うん……あっ、ごはん食べてない」
ボロボロ泣きながらいきなりメシの話とは。別に俺がいなくてもいずれ何とかするような気がしてきた。
泣き腫らした顔の佐藤さんと二人で教室に戻ってきた事で向けられる視線にたじろいでしまう俺より、佐藤さんの方がよっぽど精神的にタフだろう。
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