第3話
「うーむ」
「……アンタ最近ずっと唸ってるわね。何かあったの?」
朝食を食べながら唸っていると、母からツッコミが入った。
昨日は高校生活を充実させる方法について唸り続け、今日は荒唐無稽な夢を見た事に唸っている。
あの痛み、恐怖、悔しさ、そして最後に一矢報いてやった快感。
目が覚めたのが朝の四時だったが、感情がグチャグチャで到底再び眠れる状態ではなく、そこから三時間以上唸り続けていた。
「こんなの絶対恋だよ! おにーちゃんにもついに春が来たんだよ!」
一つ年下の妹、美子は今日も朝っぱらからやかましい。来年から高校生だというのに、いつになったら落ち着くのだろうか。
……いや、そんな事はどうでもいい。それよりもあの夢だ。あれがただの夢だったとはどうしても思えないし、思いたくもない。
夢とは記憶の整理がどうたらなどと聞いたことがある。その過程を見るのが夢だと。
あるいは願望を空想しているという線もあるかもしれない。こうなりたい、こうありたいという姿を映し出しているものだと。
仮に今朝見たのが夢だった場合、よくわからないバケモノと死闘を繰り広げたアレは何だったんだということになる。
記憶の整理だろうが願望の空想だろうが、ジャガイモと戦う夢なんてものを認めるわけにはいかないのだ。
「うーむむ」
「あっ、違った。これアホな事考えてるときの顔だ」
もしカノジョが出来たらちゃんと紹介してね、と言って中学校へ向かった妹と別れて高校へと向かう。これが俺の彼女だ、と言ってジャガイモを渡したらどんな反応をしてくれるだろうか。
うっかり美子に言われた通りアホなことばかりを考えていると、すぐに高校に到着。近さで選んだだけあって、通学が楽でとても良い。
……そしてどうでもいい事を考えて思考を逸らしていたが、問題は最後の村での出来事だろう。
あんな風にぶっ殺され、そして仕返しにぶっ殺してしまうとは、俺の頭はどうなっているのだろうか。そんな狂暴な性格だとは思っていなかったのだが……。
「あの、鈴木くん」
「ん?」
クールで怜悧な優等生キャラの俺が、実は荒々しく雄々しい狂暴性も秘めているのか。
そんな己の内心に身を震わせていると、隣の席の佐藤さんから話しかけられた。
「その、えっと……ちょっと話があるから、昼休みとか、空けてもらってもいいかな……?」
「………………ああ」
話があるなら今話せばいいものを、わざわざ昼休みに改めて話がしたいと。もじもじした様子から、この場では相当話しにくいことなんだろう。
これは告白に違いない。どうやら妹にジャガイモを紹介する機会はなくなったようだ。
そうだ。昨日は部活やバイトをするかと考えていたが、高校生活を彩るなら彼女を作るのが一番良いじゃないか。
昼休みになると思いつめたような表情をした佐藤さんに先導され、どんどん人気の無い方向へと歩いていく。よっぽど他人に聞かれたくない話をするのだろう。
絶対告白だ。そうに違いない。
これで仮に告白じゃなかったとしたら俺はクールで怜悧な優等生の仮面を脱いで、内に秘めた荒々しい獣の本性を曝け出すことになるだろう。
「ふーむ」
隣の席の佐藤さん。
隣の席でありながらこれまであまり話したことはなかったが、隣の席にいるだけあってどんな人柄かは凡そ把握している。
人当たりが良く朗らか。表情も豊かで明るい雰囲気を持った子だ。
その雰囲気の通り優し気で幼い顔立ちであり、美人というよりは可愛い系に属するだろう。
身長が少し低めなのも相まって、パッと見では一つ年下の妹よりさらに年下に見えなくもない。
しかし俺は知っている。佐藤さんもそのブレザーを脱げば、内に秘めた暴力的なものを曝け出すことになるという事を。
「うん、誰もいない……よし」
佐藤さんの胸に思いを馳せながら歩いていると、いつの間にか校舎裏にある駐輪場に来ていたようだ。
ここは朝と放課後は登下校する生徒達が大勢行き交う場所だが、昼休みでは人っ子一人寄り付かないだろう。告白するロケーションとしてはうってつけだ。
佐藤さんは振り返って俺を見つめ、そして目を逸らして一つ深呼吸をした。
「それでね、鈴木くん」
「…………ああ」
佐藤さんは意を決したのか、ぐっと力を入れて話し始めた。いよいよだ。
「昨日の夜……と今朝なんだけど。な、何か変な事なかった?」
「……ッフゥーー……」
落ち着け、俺の中の獣よ。暴れるんじゃない。
「へ、変なこと言ってごめんね? 何も無かったら良いんだけど……。その、変な夢を見たりとかって……」
「今朝見た夢は、いきなり夜の草原に放り出される感じだったな」
「や、やっぱり……」
これで告白じゃないってのは一体どういう事なんだ。虫も殺せないような可愛らしい顔をしながら、その実こいつはとんでもない恋愛詐欺師だ。
きっと将来は胸に釣られた数多の男どもを手玉に取る魔性の女になるのだろう。俺はその被害者の一人になったというわけだ。
「んでなんか変なジャガイモとか出てきた」
「ああ、あの……」
告白の件は一旦置いておくとしても、佐藤さんはどうやらあの妙ちきりんな夢について心当たりがあるらしい。
「それなんだけど……私のせいというか、私が巻き込んじゃったというか……」
「ほう」
「昨日授業中に寝てたらね、夢の中に神様みたいな人が出てきて、ゲームの世界を何とかしてくれって」
「ふむ」
「私なんかじゃ絶対死んじゃうから無理、って言ったら死なないようにしてくれて。私一人じゃ絶対無理って言ったら他にも誰か行けるようにしてやるって言われて……誰も思い付かなかったから、つい隣の席の鈴木くんを……」
「へえ」
何を言っているのかさっぱりわからん。わからんが、どうやら俺は本当に佐藤さんに巻き込まれたらしい事だけはわかった。
「ジ・エンドオブエターナルファンタジーサガ3っていうゲームの世界なんだけど」
「はあ……はあ?」
なんだそのクソ長いわけのわからんタイトルは。短いタイトルだと他と被るからごちゃごちゃ付け足したんだろうか。
スマホで検索してみると、本当にそんなゲームが見つかった。二十年以上前にリリースされたオーソドックスなRPGらしい。
「攻略サイトもちゃんとしたのがあるな」
「攻略? ……あっ、そっか。ゲームが元になってるならあるんだ」
試しに最初のフィールドエリアである『旅立ちの草原』の詳細を見てみると、あのジャガイモがイラスト付きで掲載されていた。
「ジャガイモ男爵……あいつはそんな名前だったのか……。こんなダジャレから産まれたような奴に殺されかけたとは……」
「あの、私は殺されちゃったんだけど……」
「……」
しかしこうなってくると、いよいよこの荒唐無稽な話が真実味を帯びてきた。
知らないゲームの知らない敵を夢で登場させられるわけがない。
「えっと、それで眠ってる間だけその世界に行くようになったって、夢でそんな事言われても信じられなくて。でも昨日寝たら本当に知らない場所にいて……じゃあ鈴木くんもそうなっちゃったんじゃないかって」
「なるほど」
「あの、その……ご、ごめんなさい。怒ってる……よね?」
今の俺の感情はよくぞ面白そうなことに巻き込んでくれた、という感謝の気持ちと、よくも面倒臭そうなことに巻き込んでくれやがったな、という怒りの気持ちがない交ぜになっている。
そしてどちらかというと前者の方が強いので、若干感謝寄りではあった。
しかしせっかく負い目に感じてくれているならば、それをわざわざ訂正することもないだろう。心を弄ばれた恨みもある。
「あー。まあ、さすがにな」
「うっ。……わ、私にできることなら何でもするから、だから、お願いします。助けて下さい……!」
「……」
なんかとんでもない事を言い出した。どれだけ俺の心を弄べば気が済むのだろうか。
しかし今のセリフを聞けただけで、何か満足してしまって色々どうでもよくなってしまった。
「ほほう、何でもか。なら早速一つ言うことを聞いてもらおうか」
「えっ、うっ。な、何かな……?」
佐藤さんは俺に何を要求されるのか想像したようで、顔を強張らせている。
「さっきの説明だと全然わからんから、わかりやすく最初から説明し直してくれ」
「……うん」
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