第2話
そう、ジャガイモを倒したところで何も解決していない。
それどころか、負傷した分だけ状況は悪化したとも言える。
そんな事実を認識してしまってはもう再び立ち上がって彷徨い歩く気にもなれず、座り込んだままジャガイモが消えた場所をじっと見つめる。
強敵を弔う意味も込めてジャガイモの破片を食ってみたかったが、まるで最初からそんなものがいなかったかのように跡形もなく消え去ってしまった。
そうして未練がましくジャガイモの調理方法などを考えていると、そもそも食糧が何も無いことに思い当たった。
「そうだ、食う物が無い。というか水も無い。……これはヤバいぞ」
川だ。川を探す必要がある。それもなるべく上流の方である方が良い。
となると山の方か。いや、その前に周辺の把握だ。
夜ではあるものの、幸い強烈な星明かりで大まかな地形ぐらいは何とかわからなくもなかった。
この辺りで最も高度のある所まで行き、そこで夜が明けるのを待って周囲を見渡し、なるべく遠くまで地理を把握する。本格的に移動するのはそれからでも間に合うはずだ。
そんな風にざっくりと方針を定めていざ立ち上がったとき、何かがぽよんぽよんと近づいてきている音が耳に入った。
「……」
今度は何じゃい、と静かに目を凝らすと、音のする方から丸い何かが近づいてきている。
ジャガイモとは違って上下に飛び跳ねながら移動しているらしい。進むスピードもさほど速くはなく、大きさもジャガイモの半分ほどだった。
「赤くて……丸い……何だ?」
いよいよ近づいてその正体が明らかとなっても、それが何かはわからなかった。赤くて丸い何かとしか言いようがない。
その何かは先ほどのジャガイモと同様に、こちらへ向かってきた勢いのまま体当たりしてくる。
俺は横に跳ぼうと足にグッと力を込めるが、ふとジャガイモに掛けられたフェイントが頭をよぎり、突進を躱し損ねて腕に受けてしまう。
「ぐっ……! ……あれ、あんま痛くないな」
勢い自体はジャガイモと大差無いが、ジャガイモほど固くない。冷蔵庫で冷やされて固くなった大福のような感触だった。
これなら避けるまでもないと、突進してきたところを打ち下ろしの右ストレートで迎え撃つ。
「シッ!」
綺麗にカウンターが決まり、赤い何かは地面に叩きつけられた。そしてすぐに淡い光と共に消えてなくなる。
先ほどの苦戦が嘘だったかのような圧勝だった。
「ひょっとするとジャガイモはここら一帯のボス的なやつだったのかもな。だとするとあの強さも頷ける……ん?」
今度はカサカサと草の上を走るような音が近づいてくる。シルエットはどう見てもジャガイモだった。
「……」
ジャガイモがボスなんて馬鹿な話は無いわな。世界が変わってもジャガイモは一山いくらの存在らしい。
「ひい、ひい、ひい」
その後も襲い掛かってくるジャガイモや赤い丸、それに草のよくわからんバケモノを蹴散らしながら歩き続け、どうにか丘のような場所の頂点まで辿り着く。
すると、まさにちょうど朝日が東の……かどうかはわからないが、地平線から顔を出すところだった。
「おお……綺麗な場所だったんだな。死ぬには悪くないロケーションだ」
徐々に明るくなっていく風景を目の当たりにして目を細めながら呟く。
何とか丘に辿り着きこそしたものの、ジャガイモ達との度重なる連戦で俺は満身創痍となっていた。
薄々ではあるが、すでに死を覚悟している。
「あっちも草原、こっちも草原。山の方からは川が流れてて……あれは、村か?」
遠くてはっきりとはしないが、人工物と思しき何か……おそらく家がいくつも集まっている様子が見える。村だ。村に違いない。
絶望しかかっていた心に火が灯った。あそこまで行けば何とかなるはずだと。
そうだ。いきなりこんなわけのわからんところに飛ばされて、わけのわからん連中から襲われて、そのままわけもわからずくたばるなんて冗談じゃない。
俺は疲労と痛みで重くなった足を引きずるようにして歩き続け、日が中天に差し掛かる頃にどうにか村へと五体満足で到着した。
そしてあっという間に捕らえられ、大勢の村人から槍やら鍬やらを突き付けられてしまった。
「あーっと……えー、私は怪しい者ではなくてですね……」
村の様子がはっきり見えるほど近づいた辺りから、妙な物々しさを感じてはいたのだ。
長閑な田舎の村で、旅人が訪れるとささやかながらもてなしてくれる。年頃の優しい村娘が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
どうもそんな感じの平和な村ではなさそうだぞ、とは思っていた。
高い木の柵で村全体を囲っていて、物見櫓のような建物にいる人は絶えず周辺を警戒しているように見えた。
臨戦態勢、というやつである。
しかしいきなり有無を言わさず地面に引き倒され、大勢から殺気立った目を向けられ刃物を突き付けられるほどとは思っていなかった。
「どう見ても怪しいだろうが。どうせゲルドーザの手の者だろう。何が目的で村に近付いたんだ」
「だ、だからそんな人は知らなくてですね……目的は水と食べ物ですってば」
村の代表らしき強面のオッサンが厳しい表情で詰問してくる。どうやらゲルドーザなる人物と敵対していて、俺はその手下だと思われているらしい。
このオッサンが一言「やれ」と呟けば、俺は取り囲んでいる村人から滅多刺しにされてしまうのだろう。もう水もメシも諦めて、どうにか証拠不十分という形で釈放されるよう弁明するしかない。
「もういいだろ親父。村まで入られたんだし、どうせ逃がしたら色々ホーコクすんだろ。捕まえてても何かあったら面倒だし、さっさと殺っちまおうぜ」
「む」
「いやいやいや、勘弁して下さい。そのゲル……何とかなんて人は知りませんって」
年の頃が俺と同じか少し下だろうか。軽薄そうな態度の少年……いや、クソガキがとんでもない事を言い出した。
「あー、うるせーうるせー。ちょっと黙ってろ、っと!」
「ぐっ!」
槍の柄で頭をガツンと殴られた。容赦ない攻撃に視界がチカチカと明滅し、意識が飛びそうになる。
「それでな、親父。どうせ殺すんなら景気付けってヤツで俺にやらせてくれよ。な? いいだろ?」
「……まあ、そうだな。ちんたら尋問してる暇は無い。捕えておく余裕も無い。大した情報も持ってないだろうし、好きにしろ」
そう言い残して代表はその場を立ち去ってしまった。どうにか声を上げて呼び止めようとするが、不意に後ろからうつ伏せに押し倒され、肺が圧迫されて声が出ない。
「がっ……くそ……!」
「よーし、そのまま押さえてろよ。そんじゃいくぜー!」
ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべたクソガキが、今度は槍の柄ではなく穂の方を突き出してくる。
「ッヅッッ!」
腹だ。脇腹を刺された。痛い。熱い。
……マジか? こんな所で、こんな死に方をするのか? 俺が何をしたって言うんだ。
「うおー、こんな感触なのか! よしよし、すぐ殺しちゃもったいないし、次は足いくかー!」
「ふざけんなよ……クソが……!」
宣言通り太ももを刺され、そのまま甚振るようにグリグリと抉られる。
「ぐ、ぐぐぐ……!」
「うひー、痛そー!」
わかった。俺はもう助からない。ここから生き延びる道は存在しないだろう。それはもういい。村に来る前から死にかけていた身だ。
しかしこのクソガキは、このクソガキだけは……。
「……っラァ!」
上から押さえつけられる圧力が弱くなった隙を突いて、残された力を振り絞って身体を起こし、取り押さえている男を後ろに倒す。
そして身体をひねって足に刺さった槍ごとクソガキを引き寄せ、膝立ちの状態で顎を殴りつける。
「ぐあっ! こ、こいつ!」
動揺したクソガキの手から槍を奪い、やぶれかぶれで突き出した。
「ギャッ……い、痛えー! ギャアアアア!」
「こっ、この野郎!」
「やりやがったな!」
「坊ン、大丈夫か!?」
「馬鹿野郎! しっかり押さえてねえからだ! 油断しやがって!」
もう視界がボヤけて何が何だかよくわからんが、どうやら上手くクソガキをぶっ刺せたらしい。刺さったのはおそらく腹だ。
そのまま先ほどの仕返しとばかりに、突き刺したままの槍をぐりぐりと抉って内臓をズタズタにしてやる。
「ギャ……がはっ! こ、こんな……」
「ざ、ざまあみろ……これで道連れだ……」
満足してそう呟いた瞬間、全身を滅多刺しにされて意識が途絶えた。
「…………ん?」
全身を包み込むふわふわした感触に、これが天国なのかと思って目を開けたら、そこは布団の中だった。
夜中でもさすがにはっきりとわかる。異世界でも何でもない、住み慣れた自分の部屋だ。
「ま、まさかの夢パターンだった……!?」
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