第12話 月下の神使と、予期せぬAランク

深夜、教会の塔。

その最上階近くにある一室の窓辺。  

そこに止まっているピーちゃんの視界を、私は遠隔で共有していた。


眼下には、深い闇に沈んだ城塞都市。

見上げれば、手が届きそうなほど近くに大きな満月が懸かっている。  

窓ガラスの向こう側では、ターゲットである少女、セシリアがベッドで静かな寝息を立てていた。


「(よし、潜入開始)」


私はピーちゃんの視界から、部屋の内部の座標を特定する。  

狙うは窓際、月明かりが一番差し込んでいる場所だ。


――『森羅万象』、創造。


私はイメージを具現化する。  

この世界には存在しない、雪のように真っ白な毛並みを持つ猫。  

それだけだと暗闇で目立たないので、オプションを追加する。

内側から発光するような、神々しい微かな光を纏わせた。


シュゥ……と、音もなく光の粒子が集束し、部屋の中に一匹の美しい白猫が誕生した。


「(リンク先変更。ピーちゃんから、白猫へ)」


意識を切り替える。  

フツッ、と視界の高さが変わった。  

鳥の目から、猫の目へ。

床が近い。

そして、自分の体がほのかに発光しているのが分かる。

うん、我ながら完璧な「神の使い」っぷりだ。


私は音もなく窓枠に飛び乗った。  

背後には満月。

逆光を受けた私の体は、神秘的なシルエットとなって浮かび上がっているはずだ。


「(さて、第一声はどうしよう)」


『恐れるな、人の子よ』みたいな、尊大な感じでいくか?  

いや、ボロが出そうだ。

敬語を使い慣れていない私が無理に威厳を出そうとしても、どこかで素が出てしまう。噛んだら台無しだ。  

ここはシンプルに、ミステリアスな普通の口調でいこう。


私はセシリアに向けて、直接脳内に語りかける「念話」のスキルを発動した。


『……セシリア。……起きなさい、セシリア』


ベッドの上の少女が、うっすらと目を開けた。  

まだ夢見心地なのだろう。ぼんやりとした視線が、窓辺に向けられる。


「んっ……え……?」


彼女の動きが止まった。  

暗い部屋の中、窓辺に佇む、発光する白い獣。  

伝説にしか聞かない存在が、自分をじっと見つめている。


「ひっ……!?」


セシリアは弾かれたように上半身を起こした。  

その拍子に、彼女の手がサイドテーブルを薙ぎ払う。


ガシャァァァン!!


陶器の水差しが床に落ち、派手な破砕音が静寂を切り裂いた。  

水が床に広がる。


「あ、あ、あっ……!」


セシリアはパニック状態で、ベッドの隅に縮こまり、私を凝視している。  

やばい、驚かせすぎた。


その時だった。  

ドォン! と扉が荒々しく開かれた。


「セシリア様!? 何事ですか、悲鳴が……!」


部屋に飛び込んできたのは、剣を帯びた若い女性だった。  

寝ずの番をしていたのだろう。

教会の紋章が入った軽鎧を着ている。

まだあどけなさが残る顔立ちだが、その目は鋭い。

護衛の見習い騎士といったところか。


彼女は床の惨状を見て、すぐにセシリアを庇うように前に立った。  

そして、敵意を向けるべき相手――窓辺の私を睨みつけ、剣を抜こうとして……固まった。


「……白、猫……?光って……?」


彼女は敬虔な信徒なのだろう。

教会関係者ならなおさらだ。  

目の前にいるのが「ただの侵入者」ではないことを悟り、戦意よりも先に畏怖が顔に浮かんだ。

剣の柄にかけた手が震えている。


私は冷静に、新しく現れたこの乱入者を『鑑定』した。


【名前:アリア】【職業:教会騎士見習い】【ランク:A】


「(うおっ!?)」


私は内心で驚きの声を上げた。  

Aランク!? 

スラム街の酔っ払い以来の逸材じゃないか!  

まさかこんな近くに、灯台下暗しパート2がいたとは。


私は瞬時に計算した。  

セシリアはSランク。  

このアリアという騎士はAランク。  

……これ、二人セットでスカウトした方がよくない? 

パーティバランス的に最高じゃん。  

守ってくれる人がいれば、セシリアも安心して修行できるし。


予定変更だ。二人まとめて言いくるめる。  

私は猫の姿のまま、ゆっくりと二人に視線を向けた。  

アリアは完全に腰が引けている。

セシリアは涙目で両手を組んで祈り始めた。

効果てきめんだ。


「(まあ、勇者ってのも異世界から召喚された存在だし? 女神様に頼まれたんだから、実質、神の使いみたいなもんだよね? 嘘は言ってない、うん)」


自分自身にそう言い訳をしつつ、私はもっともらしい台詞を紡ぎ、再び念話を飛ばした。


『……静まりなさい』


私の声が脳内に直接響き、二人の体がビクッと跳ねた。


『セシリアよ。私は、お前の努力をずっと見ていた』

セシリアが顔を上げる。


『救いたいと願いながら、力及ばず嘆くお前の心を。……そしてアリアよ、主を守ろうとするその忠義も』


ついでにアリアも褒めておく。  

私はゆっくりと窓枠から降り、床の水たまりを避けて、優雅に二人の前へと歩み寄った。  

発光する体が、薄暗い部屋を幻想的に照らす。


『お前たちには才能がある。だが、その使い方が間違っているだけだ。……神の使いが、お前たちに力の正しい使い方を教えたいと言っている』


私の言葉に、二人は息を呑んだ。  

さあ、どうする?  

私は金色の瞳で二人を見据え、その反応を待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

100人目の勇者 〜怖がり勇者のほのぼの育成ライフ〜 いちごぴゅーれ @ichigopuree

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ