第11話 聖女の憂鬱と、雑なスカウト計画
リフォームしたてのリビングルームにあるガラステーブルの上には、数枚のメモ書きが散乱していた。
私はソファに深々と腰掛け、ピーちゃん越しの視覚情報と、この数日間の監視結果を脳内で照らし合わせていた。
「……さて、シンキングタイムと行きますか」
ターゲットの名前は、セシリア。
推定年齢十六歳。
この城塞都市にある大教会の塔に住まわされている孤児であり、「次期聖女」の候補生だ。
私の『素質鑑定』が示したランクは【S】。
間違いなく、人類の最高戦力になり得る逸材だ。
けれど、現状の彼女の評価は、決して芳しいものではないらしい。
監視中、ピーちゃんの耳が捉えた神父たちの会話は、こんな感じだった。
『セシリアには失望した』
『あれほどの魔力を持ちながら、未だにカスリ傷ひとつ満足に治せんとは』
『所詮は孤児か。器ではなかったな』
実際、彼女が回復魔法の練習をしているところを見たが、指先の切り傷を塞ぐのにすら脂汗をかいて四苦八苦していた。
端から見れば、才能がない落ちこぼれだ。
だが、私の見立ては違う。
「逆なんだよね。才能がありすぎる」
彼女の体には、膨大な魔力が渦巻いている。
例えるなら、ダムの放水をストロー一本で制御しようとしているようなものだ。
出力が大きすぎて、微調整が効かない。
だから魔法が暴発するか、霧散してしまう。
周りの人間――指導役の神父たちが無能なだけだ。
彼らはコップ一杯の水の注ぎ方は知っていても、洪水の御し方は知らない。
「もったいない。実に宝の持ち腐れだ」
適切な指導さえあれば、彼女は化ける。
傷を治すどころか、死にかけの人間を蘇生させたり、広範囲の兵士を一瞬で全快させるような、本物の「聖女」になれるはずだ。
次に、彼女の置かれている環境について。
一言で言えば「籠の中の鳥」だ。
塔の上層階にある部屋を与えられ、衣食住には不自由していないようだが、外出の自由は一切ない。
教会の大人たちは彼女にこう言っていた。
『外は魔獣が蔓延る地獄だ』
『お前は教会の宝なのだから、ここで祈りを捧げていればいい』
『穢れた外の世界を知る必要はない』
過保護という名の軟禁だ。
けれど、セシリア本人はそれに納得していない。
夜、彼女が誰もいない窓辺で、ポツリと漏らした独り言を私は聞いている。
『……外に行きたい』
『もっと力が欲しい。怪我をして運ばれてくる人たちのうめき声が聞こえるのに、私は祈ることしかできない』
『誰も救えない聖女なんて、意味がないのに』
彼女の瞳にあったのは、諦めではなく、渇望だった。
自分の無力さを嘆き、誰かの役に立ちたいと願う、純粋な善意。
合格だ。
性格、動機、素質。すべてが私の目的に合致する。
「よし、方針は決まり」
私はパン、と手を叩いた。
私がやるべきは「育成」だ。
彼女自身の基礎能力を底上げし、有り余る魔力の制御法を叩き込み、私がいなくても自立して戦える「最強の人材」へと育て上げる。
そうすれば、人類全体の戦力レベルが上がる。生存圏も広がる。
結果として、私がこの森で引きこもり続けるための安全も保障される。
完璧だ。これぞWin-Winの関係。
「問題は、どうやって連れ出すか、だけど……」
正面から教会の扉を叩いて、「すみません、その子をください」と言ったところで、門前払いを食らうのは目に見えている。
向こうにとって彼女は「教会の宝」だ。手放すはずがない。
となると、非正規ルートでの接触しかない。
夜襲だ。
「……ふふっ、いいこと思いついた」
私は数日前の、教会での説法を思い出した。
『白き獣は神の使い』
この世界に、白い猫は実在しない。
だからこそ信仰の対象になっている。
なら、それを利用しない手はない。
「作戦名、『にゃんこ大作戦』!」
私が『森羅万象』を使って、真っ白な猫に変身するのだ。
そして夜中に彼女の部屋に忍び込む。
敬虔な信徒であり、悩める少女である彼女の前に、伝説の「神の使い」が現れたらどうなる?
十中八九、警戒心を解いて話を聞いてくれるはずだ。
「迷える子羊よ、外の世界へ導いてやろう」的なオーラを出せば、イチコロだろう。
……まあ、万が一。
彼女が猫アレルギーだったり、「化物!」と叫んで大騒ぎになったりしたらどうするか。
その時は、その時だ。
「転移魔法で、無理やり拉致っちゃえばいいや」
プランBは至ってシンプルで雑だ。
気絶させてでも連れてくる。
後で目が覚めてから、「実はあなたの才能を見込んで~」と土下座して説明すれば、きっと分かってくれるだろう。
彼女、いい子そうだし。
多少強引でも、今の飼い殺し状態よりはマシなはずだ。
これは救済なのだ。人助けなのだ。
そう自分に言い聞かせ、私は立ち上がった。
「よし、善は急げ。決行は今夜だ!」
私は窓の外を見た。
日は沈み、森は深い闇に包まれ始めている。
怪盗の時間だ。いや、神の使いの時間だ。
私は軽くストレッチをして、来るべき潜入ミッションに備えるのだった。
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