第10話 難航する探索と、塔の上のSランク
ため息が出る。
私の意識は空の上にいたけれど、心は重力に負けてズーンと沈んでいた。
「……いない。本当に、いない」
ピーちゃんの視界を借りて、街の上空を飛び回り始めてから半日が経過していた。
市場、大通り、住宅街、広場。
人が多そうな場所はあらかた回った。
数百人、いや数千人の頭上を見たかもしれない。
けれど、私の視界に映るのは、無慈悲な現実ばかりだ。
【D】、【C】、【D】、【D】、【C】……。
たまに【B】を見つけて少しテンションが上がるものの、よく見れば普通の騎士だったり、ベテランの冒険者だったりで、「人類の希望」には程遠い。
Sランクなんて、本当はこの世界に存在しないんじゃないだろうか。
砂漠の中で一粒のダイヤモンドを探しているような、途方もない作業に思えてきた。
私の条件――「才能があって、女の子で、性格が良い」というのは、そんなに高望みだったのか。
「あーあ……もう帰って、夕飯にしようかな……」
そんな弱音を吐きながら、スラム街の上空を惰性で飛んでいた時だった。
ゴミゴミとした路地の奥に、キラリと光る文字が見えた。
「――っ!?」
【A】
間違いない。Bの上、Aランクだ!
今日初めて見る高ランク。
Sではないけれど、Aなら「超一流」の素質がある。
妥協点としては悪くないかもしれない。
私は期待に胸を躍らせ、急降下した。
どんな人だろう。隠れた剣豪? それとも魔法使い?
路地裏に降り立ち、その人物を確認する。
「おらぁ! 酒だ! 酒持ってこい!!」
そこにいたのは、酒瓶を片手に暴れ回る、髭面の大男だった。
顔には大きな古傷があり、目は血走り、薄汚れた服からは異臭が漂ってきそうだ。
彼は通りがかった野良犬を怒鳴り散らし、空になった瓶を壁に投げつけて粉々に割った。
「…………」
私は無言で高度を上げ、Uターンした。
無理。
絶対に無理。
あんなのを私のリフォームしたての綺麗な家に呼ぶなんて、死んでも嫌だ。
いくら才能があっても、Aランクでも、生理的に受け付けない。
もしあんなのが「勇者代行」になって強大な力を得たら、世界を救うどころか、新しい魔王になって略奪を始める未来しか見えない。
「……やっぱり、大事なのは中身だよ。清潔感だよ」
私は心の中で固く誓った。
性能だけで選んではいけない。
私の平穏な生活を脅かすような爆弾を抱え込むわけにはいかないのだ。
すっかり日が傾いていた。
空は茜色に染まり、街に影が伸びている。
徒労感でいっぱいになった私は、いつもの休憩場所である教会の尖塔へと戻ってきた。
石造りの飾り窓の縁に止まり、羽を休める。
「はぁ……今日はもう諦めよう」
成果ゼロ。
まあ、そう簡単に世界を救うパートナーが見つかるわけないか。
明日は別の街に行ってみようかな……。
そんなことを考えていた時だった。
ギギギギ……。
すぐ近くで、重そうな音がした。
私は顔を上げた。
音がしたのは、私が止まっている場所よりもさらに上。
尖塔の最上階に近い場所にある、小さな窓だ。
普段は閉ざされているであろうその窓が、ゆっくりと押し開かれていく。
「……?」
こんな高いところに、誰かいるの?
ここは一般人が入れるような場所じゃないはずだ。
鐘楼の点検係だろうか。
開いた窓から、ふわりと風が吹き抜けた。
そして、一人の少女が顔を出した。
「わぁ……夕焼け……」
その声は、鈴を転がすように澄んでいて、けれどどこか切なげだった。
年齢は私と同じくらいか、少し下だろうか。
色素の薄い銀色の髪が、夕日に照らされてキラキラと輝いている。
身なりは質素だが、仕立ての良い白い服を着ていた。
彼女は窓枠に肘をつき、眩しそうに、そして憧れるように、広がる街並みを見下ろしていた。
綺麗な子だな。
そう思って、なんとなく彼女の頭上に視線をやった。
どうせ【D】か、良くて【C】だろう。
深窓の令嬢っぽいし、戦闘とは無縁そうだ。
しかし。
私の目は、そこに浮かんでいる文字を見て、限界まで見開かれた。
【S】
黄金色に、燦然と輝く一文字。
夕日よりも眩しい、最高ランクの証。
「――――ッ!!??」
私はツリーハウスのベッドの上で、思わずのけぞった。
え、嘘? 見間違い?
私はもう一度、ピーちゃんの目を凝らして確認する。
何度見ても、そこにあるのは【S】だ。
歴史に名を残す逸材。
私が探し求めていた、原石中の原石。
しかも、女の子だ!
見た目も可愛い!
清潔感もある!
さっきの酔っ払い親父とは天と地ほどの差だ。
条件合致。いや、条件以上のパーフェクトな人材じゃないか!
「いた……いたああああああ!!」
私は枕に顔を埋めて、歓喜の叫び声を上げた。
本当にいたんだ。
灯台下暗し。
まさか休憩スポットのすぐ上に、こんな至宝が隠されていたなんて。
「落ち着け……落ち着くんだ、私」
心臓が早鐘を打っている。
今すぐにでも窓から飛び込んで、「君をスカウトしに来たよ!」と声をかけたい衝動に駆られる。
でも、ダメだ。
さっきのAランクの教訓を思い出せ。
見た目は天使でも、中身が悪魔かもしれない。
猫を被った性悪女かもしれないし、何か重大な問題を抱えているかもしれない。
それに、こんな教会の塔の上に住んでいるなんて、どう見ても普通の境遇じゃない。
幽閉されている? それとも教会の特別な役職?
「……調査だ」
私は逸る気持ちを抑え込んだ。
ターゲットは確定した。逃げる様子もない。
まずは、彼女がどういう人物なのか、ここで何をしているのかを知る必要がある。
私の理想の「勇者代行」に相応しい性格かどうか。
それをじっくりと見極めてからでも、接触するのは遅くない。
「今日から張り込み開始だね」
私はニヤリと笑った。
見つけたぞ、私の希望の星。
これから数日間、じっくりと君のことを観察させてもらうからね。
私は窓辺で夕日を眺める少女の横顔を、じっと見つめ続けた。
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