第8話 亜空間リフォームと、言い訳

「……うん、分かんない!」


私は地図が表示されたウィンドウを、勢いよく指で弾いて消した。  

考えても無駄だ。  

いくら地図を見つめたところで、「私は勇者代行に適した、性格の良い強者です」なんてマークが出ているわけでもない。  

それに、どうやって接触する? 

言葉は通じるだろうけど、文化も常識も違う相手だ。

いきなり「力をあげるから戦って」なんて言ったら、カルト教団の勧誘か悪魔の契約だと思われるのがオチだ。


無理だ。今の私にはハードルが高すぎる。  

もっとこう、段階を踏む必要がある。そう、準備期間だ。  

焦って変な奴を連れ込んで、寝首をかかれたりしたら元も子もない。


「よし、一旦忘れよう!」


私はポテチの最後の一枚を口に放り込み、自分に言い聞かせた。  

これは逃げではない。戦略的撤退だ。  

それに、よく考えたら現状の設備にも問題がある。  

今、私が住んでいるのは、このワンルームだけだ。

 

私一人なら快適そのものだけど、もし「勇者代行」の候補者が見つかって、ここに連れてくることになったらどうする?  

この散らかった万年床の部屋に通すの? 

私のプライベート空間に?  

絶対に嫌だ。  


それに、指導や訓練をする場所もない。

この狭い部屋で剣を振り回されたら、私の大事な漫画コレクションが切り刻まれてしまう。


「そうだよ、まずは環境整備! 人を呼ぶなら、それなりの広さと設備が必要だよね!」


そうだそうだ、と心の中で強く頷く。  

これは必要な公共事業なのだ。  

スカウトが難航している今こそ、足場を固めるべきなのだ。  

決して、面倒な人探しから目を背けて、楽しい「お家作り」に逃避したいわけではない。たぶん。


「というわけで、リフォーム開始!」


私はベッドから飛び起きた。  

やる気が出てきた。

引きこもりにとって、住環境の充実は何よりも優先されるべき重要事項だ。


まず、外観について考える。  

今のツリーハウスは、巨木の枝の上にちょこんと乗っている隠れ家スタイルだ。

森に溶け込んでいて目立たないし、高い場所にあるから防犯上も優れている。  

これは変えない方がいい。

いきなり森の中に豪邸が出現したら、空飛ぶ魔獣や冒険者に見つかってしまうかもしれない。


「外見はそのままで……中身だけ広くしよう」


物理法則? 

そんなものは『森羅万象』の前では無意味だ。  

空間魔法的なサムシングで、内部を拡張すればいい。四次元ポケット方式だ。    私は部屋の中央に立ち、イメージを広げた。  

今のこの「1Kの部屋」は、私の絶対的な聖域として残す。これは譲れない。  

その外側に、新しい空間を継ぎ足していく感覚だ。


必要なのは、まずリビング。  

候補者と打ち合わせをしたり、食事をしたりする共有スペースだ。

広くて、明るくて、居心地が良い場所。  


次にキッチン。

今のミニキッチンじゃ、凝った料理は作れない。

人を育てるには食事が大事だ。

栄養満点のサポート料理を作るためにも、最新式の広いキッチンがいる。


それから、客間。  

候補者が一人とは限らない。「二人くらい泊まるかもしれないし」という想定で、部屋数は余裕を持たせておこう。  

トイレやお風呂などの水回りも増設だ。

ユニットバスは私専用にして、客用にはもっと広くて足が伸ばせるお風呂を作ろう。


「あ、そうだ。一番大事なのを忘れてた」


育成計画なのだから、ただ泊めるだけじゃ意味がない。  

強くなってもらわないといけないのだ。  

となると、必要なのは――。


「修行部屋!」


思いっきり暴れられる場所だ。  

魔法をぶっ放しても、剣で壁を叩いても、絶対に壊れない部屋。  

防音・防振完備で、床や壁は衝撃吸収素材。  

私の部屋の隣でドッタンバッタンされたら安眠妨害だから、少し離れた場所……地下室みたいなイメージで繋げよう。


「よし、設計図は完成。いくよ……『森羅万象』!」


私は両手を広げ、魔力を解放した。


グググッ……。  

空間が歪む音がした。  

壁が遠ざかり、天井が高くなる――わけではない。  

私のいる部屋はそのままで、ドアの向こう側に「新しい空間」が生まれていく感覚。  

世界を騙し、空間の座標を書き換える。


――リフォーム完了。


所要時間、わずか数秒。  

私はドキドキしながら、玄関のドアを開けた。


「……おおぉ」


そこには、森の景色ではなく、真新しい廊下が続いていた。  

床は温かみのある無垢材のフローリング。壁は清潔感のある白。  

スリッパを履いて、ペタペタと歩いていく。


廊下を抜けると、そこは広大なLDKだった。  

二十畳、いや三十畳はあるだろうか。  

南向きの大きな窓からは、森の木漏れ日を再現した柔らかな光が差し込んでいる。

中央には、大人数でも座れるL字型の高級ソファと、ガラスのローテーブル。  

壁には百インチくらいの巨大モニター(電源が入っていないただの板だが、魔法で映像は映せるはずだ)も設置してみた。


「すごい、モデルルームみたい」


キッチンの方を見る。  

憧れのアイランドキッチンだ。

広々としたワークトップ、三口の魔力駆動コンロ、巨大な冷蔵庫、食器洗い乾燥機まで完備。  

これなら、どんなパーティ料理でも作れそうだ。


続いて、客間を確認する。  

ドアを開けると、そこはホテルのツインルームのような部屋だった。  

シングルベッドが二つ。

サイドテーブル、クローゼット、書き物ができるデスク。  

シンプルだが、清潔で落ち着く空間だ。  

これなら誰を連れてきても文句は言われないだろう。  

「二人くらい泊まるかも」という想定で作ったが、誰も来なかったら物置にすればいい。


そして最後に、廊下の突き当たりにある重厚な鉄扉を開ける。  

その先には、下へと続く階段があった。  

降りた先にあるのは、「修行部屋」だ。


「……広い」


そこは、学校の体育館ほどの広さがある空間だった。  

床も壁も天井も、特殊な灰色の素材で覆われている。  

私が試しに『森羅万象』で作り出した火の玉を、壁に向かって投げてみた。


ドォン!


爆発音が響くが、壁には傷一つついていない。

音も外には漏れていないようだ。  

完璧だ。


ここなら、どんな過激なトレーニングをさせても大丈夫だ。  

隅にはサンドバッグや、木人人形、ウェイトトレーニング用の器具も揃えておいた。


私は階段を上がり、リビングへと戻った。  

ふかふかのソファにダイブする。  

バフッ、と体が沈み込む。


「はぁー……最高」


天井を見上げながら、私はニヤニヤと笑った。  

完璧だ。これ以上ない拠点が完成した。  

衣食住に加えて、訓練施設まで完備。  

これなら、いつ候補者が現れても、その日から「勇者育成合宿」が始められる。


「まあ、肝心の候補者は影も形もないんだけどね……」


広いリビングに、私の呟きが虚しく響いた。  

ポチがトテトテと歩いてきて、ソファの下から私を見上げ「ワン!」と吠えた。  

そうだね、当分は私とポチだけで、この豪邸を使い放題だね。  

それはそれで悪くないか。


私はクッションを抱きしめ、心地よい微睡みに身を委ねた。  

やるべきことはやった。  

明日はまた、明日考えよう。

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