第7話 神話の正体と、他力本願プロジェクト
ステンドグラスから差し込む光が、礼拝堂を厳かに照らし出していた。
私は教会の尖塔にある飾り窓の隙間から、その光景を覗き見ていた。
いや、正確には小鳥の使い魔「ピーちゃん」の視覚を借りて、安全なツリーハウスのベッドで寝転がりながら、のんびりと鑑賞していた。
礼拝堂には、多くの人々が集まっていた。
彼らが真剣な眼差しで見つめる先、祭壇の前で、白い法衣を纏った老神父が朗々とした声で語り始めた。
「……皆、聞くがよい。我らが王国が、いかにしてこの魔獣蔓延る地で繁栄を築いたかを」
それは、どうやらこの国の建国神話、あるいは宗教的な説法のようだった。
観光ついでに、この世界の歴史を知っておくのも悪くない。
「数百年前、我ら人類は滅亡の淵にあった。強大なる魔獣の爪牙にかかり、多くの血が流れ、希望は潰えたかに見えた。しかし、神は我らを見捨て給わなかった!」
神父が両手を広げる。劇的な語り口だ。
「天の彼方、異界より一人の『聖人』が遣わされたのだ。その名は失われし言葉で『ミチビキ』と呼ばれた」
異界。
その単語に、私の眉がピクリと動いた。
それって、もしかして私と同じ「召喚された勇者」のことじゃないだろうか。
女神様は「100人目」って言っていたし、過去の99人のうちの誰かかもしれない。
「聖人は、自ら剣を振るうことはなかった。彼の手は清らかで、血に濡れることを良しとしなかったからだ」
ふーん、戦わない勇者か。
親近感が湧くなあ。
逃げ回っていたのかな?
なんて思っていると、神父の言葉は続いた。
「だが、聖人は奇跡を行使した。傷ついた戦士を一瞬で癒やし、錆びた剣に聖なる力を宿し、兵士たちの肉体を鋼鉄のごとく強化したのだ! 彼の『御業』によって、我らが先祖は魔獣を打ち払い、生存圏を切り開いたのである!」
おおぉぉ……と、信徒たちから感嘆の声が漏れる。
支援魔法。
その言葉が、私の頭の中でカチリと音を立てた。
自分で戦うんじゃなくて、周りを強化して戦わせたってこと?
なるほど、そういう手もあったのか。
「そして、聖人は常に『白き獣』を傍らに置いていた」
神父が振り返り、祭壇の横に飾られた像を指し示した。
そこにあったのは、精巧に彫られた「猫」の石像だった。
「皆も知っての通り、この世界に『猫』という獣は数多くあれど、全身が雪のように真っ白な個体は存在しない。自然界にはあり得ぬその色は、聖なる神の使いである証左。聖人はその白き獣を通じ、神の言葉を聞いたと言われている」
えっ。
私は思わず、ベッドの上で目を見開いた。
白猫、いないの?
この世界には多種多様な生き物がいるのに、白い猫だけは実在しない?
……危なかった。
本当に危なかった。
私、ついさっきまで「使い魔を作るなら、やっぱり可愛い白猫かな~」なんて考えていたのだ。
もし、気まぐれに真っ白な猫を作って、あの街に送り込んでいたらどうなっていた?
「神の使いが現れた!」と大騒ぎになり、街中がパニックになっていたかもしれない。
下手をすれば、捕獲されて一生崇め奉られるところだった。
知識がないというのは恐ろしいことだ。
偵察に来て本当によかった。
「我らは聖人の教えを守り、互いに助け合い、魔獣に抗う力を……」
神父の話はまだ続いていたけれど、重要な情報は十分に得られた。
私は「リンク解除」と念じた。
フツッ。
視界が暗転し、次の瞬間、見慣れた白い天井が戻ってきた。
私は頭を振り、ベッドの上で上体を起こした。
「……なるほどね」
ポテチの袋の底に残っていた欠片を口に放り込みながら、私は情報を整理した。
過去の勇者は、戦わなかった。
支援に徹することで、人類を救った。
そこまで考えて、私の脳内に雷のような閃きが走った。
「……待てよ? つまり、私が戦う必要なんてないんじゃない?」
そうだ。
女神様から言われたノルマは「生存領域を広げること」。
魔獣を倒すことだ。
でも、「私が直接手を下せ」とは一言も言われていない。
私は『不老不死』だし、『森羅万象』がある。
死ぬことはないけれど、痛いのは嫌だし、あのグロテスクなアリと触れ合うのも御免だ。
私の願いは、この快適なワンルームから一歩も出ずに、平穏に暮らすこと。
でも、人類が滅びると「罰」があるかもしれないから、何とかしたい。
この矛盾する願いを叶える方法。
それが、さっきの話の中にあった。
「私が戦うんじゃなくて……『私の代わりに戦ってくれる誰か』を育てればいいんだ!」
思わず手を叩いた。
名案だ。天才的発想だ。
私には『森羅万象』がある。
聖剣エクスカリバーだろうが、あらゆる攻撃を防ぐ無敵の鎧だろうが、飲むだけでレベルが上がるドーピング薬だろうが、何だって作れる。
強力な支援魔法をかけまくれば、ただの村人Aだって、ドラゴンを倒す英雄に変えられるはずだ。
「名付けて、『他力本願勇者育成計画』!」
私はニヤリと笑った。
私はこの安全なツリーハウスにいながら、遠隔で指示を出し、アイテムを補給し、魔法で支援する。
実際に血と汗を流して戦うのは、現地でスカウトした「勇者代行」。
これなら、私は痛くない。怖くない。
人類も救われるし、私もニート生活を継続できる。
完璧なWin-Win関係じゃないか!
「よし、善は急げだ。早速、その『代行者』を探さないと」
私は再び、空中にマップウィンドウを展開した。
さっきの城塞都市が表示される。
あの中にはたくさんの人がいた。兵士もいたし、冒険者っぽい人もいた。
でも……。
「……誰でもいいわけじゃないよね」
私の熱は、急速に冷めていった。
計画自体は完璧だ。
でも、実行には重大な問題がある。
「人材」だ。
私の異常な支援に耐えられるだけの素質があるか?
力を与えた途端に裏切ったり、悪用したりするような奴じゃないと信じられるか?
さっきスラムで見たような、弱い者いじめをするような連中に力を貸すのは絶対にごめんだ。
それに、どうやって接触する?
「こんにちは、女神の使いです。あなたを最強にしてあげます」なんて言って近づいたら、詐欺師だと思われて通報されるのがオチだ。
「うーん……どうやって探そうかな……」
私は腕組みをして唸った。
足元では、ポチが「遊んで」と言いたげに尻尾を振っている。
ポチみたいに、素直で、忠実で、見込みのある人材。
そんな都合のいい相手が、そう簡単に見つかるわけもない。
画面の中の地図は、ただ無言でそこに広がっているだけだった。
方針は決まったけれど、第一歩をどう踏み出すか。
私はポテチの空袋を握りしめたまま、途方に暮れるのだった。
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