第52話 207号室のクソ野郎

 母校の廊下でゾンビと対峙していたタカシだったが、彼の脳裏にふと、この旅の出発点となったアパートの記憶がフラッシュバックした。

​「……そういえば、忘れてたな。あの207号室のクソ野郎を」

​ 学園の惨劇を佐藤とゾンビたちに任せ、タカシは一台のバイクを盗み出して、かつて住んでいた安アパートへと急行した。

 毎夜毎夜、壁を叩き、下品な重低音を響かせ、タカシの安眠を奪い続けてきた隣人。いじめられっ子だった当時のタカシを、声だけで支配していた「207号室の主」だ。

​ アパートの階段を、一徳ステップで一段ずつ上がっていく。

 手には、学校の工作用具入れから拝借した、エンジン全開の工業用チェンソー。

​「バリバリバリバリバリィィィッ!!」

​ けたたましい爆音と共に、タカシは207号室のドアの前に立った。中からは相変わらず、耳障りな笑い声と騒音が漏れている。

​「……夜の静寂、いただきましたぁ~~」

​ タカシはねっとりと微笑むと、ドアノブもろともチェンソーを叩き込んだ。

 火花が散り、安っぽいドアが紙屑のように切り裂かれる。

​「何だお前! 警察呼ぶぞ!」

 中から飛び出してきたのは、ビール腹にステテコ姿の、傲慢さだけを煮詰めたような男だった。

​「……あぁ、その声。懐かしいなぁ。でも、ちょっとボリュームが大きすぎますね」

​ タカシはチェンソーを高く掲げた。だが、ここで運命の女神がまたしても彼を嘲笑う。

 足元には、男が飲み散らかした大量のビールの空き缶。

​「あッ」

​ タカシの右足が、アルミ缶の円筒形を見事に捉えた。

 ローラースケートのごとき滑走。チェンソーの遠心力も相まって、タカシの体は207号室のリビングを高速でスピンしながら突き進んだ。

​「騒音問題の解決……いただきましたぁッ!!」

​「ギャリギャリギャリギャリィィィッ!!」

​ スピンしたまま突っ込んだチェンソーの刃が、男の胴体を斜めに真っ二つに切り裂いた。男の断末魔は、チェンソーの爆音にかき消され、誰にも届かない。

​ タカシは返り血とビールの泡を全身に浴びながら、真っ二つになった男の死体の上に、優雅に着地(コケ)した。

​「……あぁ、静かになった。メロンより甘い沈黙ですね」

​ タカシは男の部屋にあった最高級のスピーカーをチェンソーで一突きにし、最後に一徳のポーズを決めた。

​ その時、アパートの外には、沼から這い上がってきた「泥老人」と、高枝切り鋏を振り回す佐藤、そしてゾンビ化した生徒たちが合流し、建物を包囲し始めていた。

​「……さぁ、みんなで打ち上げだ。207号室の肉、差し上げましたぁ……」

​ タカシの狂気は、ついに一つのアパートを、この世の終わりのパーティー会場へと変えてしまった。

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