第44話 松崎の怪

 下田のコンビニでゾンビ相手に失禁という前代未聞の惨劇に見舞われたタカシは、もう人里はこりごりだとばかりに、伊豆半島の西海岸にある松崎町へと足を向けた。

​ ここは「日本の道100選」にも選ばれた、なまこ壁の美しい街並みが続く場所だ。タカシは海沿いの道を歩きながら、夕焼けに染まる空を見上げた。

​「……松崎……松崎しげるさん……。あの肌の色、あの情熱……まさに、愛のメモリー……」

​ タカシは、自分の汚れたズボンと、しげるの輝く肌を対比させながら、決意したように両手を広げ、太陽に向かって吠えた。もちろん、ねっとりとした一徳ボイスで。

​「……ブラック・ビューティー、いただきましたぁ~~」

 ​その言葉が、夕焼けを切り裂くように響いた瞬間だった。

 ガシャン、ガシャン、と不気味な足音が、まるで金属が擦れるように聞こえてくる。

​ 振り返ると、そこには服を着ていない首のないマネキンの群れが、彼を目がけて動き出していたのだ。しかも、そのマネキンたちの肌は、まるで松崎しげるに憧れたかのように、不自然なまでに真っ黒に塗りつぶされている。

​「うわあああ! 首なし! しかも、色が黒すぎるマネキンが出たぁぁぁ!」

​ タカシは悲鳴を上げ、なまこ壁の細い路地を全力で逃げ出した。

 ガシャン、ガシャン、と背後からマネキンたちの重く不揃いな足音が迫る。

 タカシは必死にスピードを上げようとしたが、ここでまた、彼の業が顔を出した。

​ 路地の角に、松崎しげるの等身大パネルが立っていたのだ。

 しかも、そのパネルは強風で傾いており、タカシがまさに曲がろうとした瞬間に、正面から彼の顔面を直撃した。

​「ズボォォォォン!!」

​「しげるさん……いただきましたぁッ!」

​ タカシは、パネルの輝くような黒い顔面に完全にめり込み、そのまま数メートル滑走。

 そして、路地の真ん中に置かれていた**「松崎町特産・桜葉餅」の巨大な模型**に、頭から激突した。

​「ドッスゥゥゥゥン!!」

​ 桜葉の香りが漂う中、タカシは頭に桜葉餅の餡子あんこをベッタリとつけ、桜葉まみれになった。

 追いかけてきた首なしマネキンたちは、頭を桜葉餅に突っ込んだタカシの異様な姿を見て、ピタリと動きを止める。

 マネキンたちは、まるで「これは……新しい流行か?」と言いたげに、首のない顔を傾げた。

​「……桜葉の香り、いただきましたぁ……」

​ タカシは、口いっぱいに広がる桜葉餅の甘じょっぱい味と、餡子のベタつきを感じながら、もう何が現実で何が夢なのか分からなくなっていた。

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