第45話 室岩洞

 松崎町で桜葉餅まみれになったタカシは、これ以上人里にはいられないと悟り、人気のない洞窟を探した。

 そして辿り着いたのが、かつて石切場として栄えた**室岩洞むろいわどう**だった。

​「……洞窟か。ここなら、誰も僕を見つけられないだろう」

​ ヒンヤリとした空気がタカシの汚れた体を包み込む。洞窟の奥へと足を踏み入れると、天井からは水滴がポタポタと落ち、遠くから聞こえるコウモリの鳴き声が、一層深い闇を感じさせた。

​「……洞窟の神秘、いただきましたぁ~~」

​ タカシが、そのねっとりとした一徳ボイスを洞窟の壁にこだまさせた瞬間だった。

​「キィィィィィィィィ!!」

​ 突然、頭上から無数のコウモリが、黒い絨毯のように舞い降りてきたのだ。

 それは、洞窟の奥深くに生息していたコウモリの群れ。彼らはタカシの一徳ボイスを、外敵の威嚇と勘違いしたのか、はたまたそのあまりのねっとり具合にキレたのか、一斉にタカシめがけて突進してきた。

​「うわあああ! コウモリ! コウモリの群れが出たぁぁぁ!」

​ タカシは悲鳴を上げ、狭い洞窟の中を全力で逃げ出した。

 パタパタと羽音が迫り、コウモリの体が顔や髪にまとわりつく。

 タカシは必死に手を振り払いながら走ったが、薄暗い足元に、昨日の観光客が落としたのであろう、**「ワサビ風味の柿の種」**が散らばっているのを見つけられなかった。

​「あッ」

​ お約束は洞窟の奥でも健在だった。

 タカシの右足が柿の種の袋を踏みつけ、その小さな粒々が彼の体重を受け止めきれず、まるでワサビが効いたかのようにピリリと滑った。

​「ズザァァァァァッ!!」

​ タカシの体は洞窟の地面を高速で滑走。

 そのまま、洞窟の壁面に彫られた、かつての石切職人が残した**「安全第一」の文字**に、頭から激突した。

​「ゴツンッ!!」

​「安全第一……いただきましたぁ……」

​ 頭に大きなコブを作ったタカシは、コウモリの群れに囲まれ、身動きが取れない。

 コウモリたちは、頭にコブを作って意識が朦朧としているタカシの周りを旋回し、彼の髪の毛に絡みついた桜葉餅の餡子を、怪訝そうな顔で見つめていた。

 ​その時、洞窟の奥から、観光客の声が聞こえてきた。

「おや、あそこにコウモリがたくさん集まってるぞ。珍しいな!」

「あの中の人形、リアルだねぇ。頭から柿の種が生えてるみたい」

​ 人形扱いされ、さらに頭にコブを作り、全身が餡子とワサビと泥と塩と小便と桜葉餅と柿の種まみれになったタカシは、もう完全に心が折れていた。

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