第42話 熊と熊の妖怪どっちが怖い!?

 塩の山で真っ白になり、巨大な漁船と対峙するというシュールな経験をしたタカシは、もう太平洋側にはいられないと確信し、奥羽山脈を越えて秋田県へと向かった。

​ その夜、大館の古びた宿で泥のように眠りについたタカシは、恐ろしい夢を見た。

 闇の中から現れる、体長3メートルを超える巨大な**「ツキノワグマの亡霊」**。その体は半透明で、腹部には猟銃で撃たれたような大きな穴が開き、そこからどろりとした闇が溢れ出している。

 亡霊の熊は、あのねっとりとした岸部一徳の声でこう囁いたのだ。

​「……タカシくん。山のごちそう、いただきましたぁ……」

​「うわあああぁぁ!!」

 タカシは叫び声を上げて飛び起きた。全身が冷や汗でびっしょりだ。

「夢か……。なんだよ、一徳の真似した熊って。縁起でもない……」

 彼は窓を開け、秋田の冷涼な朝の空気を吸い込んで自分を落ち着かせた。

​ 翌朝。気分転換に山沿いの道を散歩していたタカシは、ふと昨夜の夢を思い出して鼻で笑った。

「いくらなんでも、熊の亡霊なんて出るわけな——」

 その時、目の前の茂みがガサガサと大きく揺れた。

​「グルゥゥゥゥ……ッ!!」

​ 夢ではない。本物の、筋骨隆々とした巨大なツキノワグマが姿を現した。しかも、その胸の三日月模様が、どういうわけか「メロン」の形に見える。

​「出たぁぁぁ! 予知夢!? それとも、一徳の呪いが熊を呼んだのか!?」

 ​タカシは一目散に走り出した。しかし、相手は時速40キロで走る山の王者。すぐに背後まで息遣いが迫る。

 タカシは必死に逃げながらも、この極限状態であの「ごう」を抑えきれなかった。

​「熊の恐怖……いただきましたぁッ!!」

​ 渾身の一徳ボイスと共に、彼は急カーブで路面を 蹴った。

 だが、そこは秋田名物**「ババヘラ・アイス」**の出店があった場所だった。昨日の営業でこぼれたのか、路面にはピンクと黄色の甘くベタつく液体が薄く広がっていた。

​「あッ」

​ 伝統のコケ芸が炸裂する。

 タカシの右足がシャーベット状の液体の上で見事に空を切り、彼の体はフィギュアスケートのジャンプのような回転を加えながら、道端に設置された**「きりたんぽ」の巨大な看板**へと吸い込まれていった。

​ ズボォォォォォン!!

​ 木製のきりたんぽ型看板の穴に、タカシの胴体がジャストフィット。

 まるで「串に刺さったきりたんぽ」のような姿で、タカシは空中に固定された。

​「……いたたた……」

 ​追いかけてきた熊は、突如として巨大なきりたんぽに変身(?)したタカシを見て、驚きのあまり急ブレーキ。あまりの異様な光景に、熊は「……クマー?」と困惑したような声を出し、そのまま森の奥へと引き返していった。

​「……きりたんぽ、差し上げましたぁ……」

​ 逆さまに吊るされ、鼻血を出しながらもポーズを崩さないタカシ。

 その視線の先には、秋田犬を連れて散歩中の老人が一人。老人はタカシを一瞥し、「……おめ、新手の案山子かかしだべか?」と静かに呟いて去っていった。

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