第40話 政宗の亡霊

 二本松での「家康公との合体」という屈辱を乗り越え、タカシは北へと向かった。たどり着いたのは杜の都・仙台。

「もう少年兵はこりごりだ。これからは大人の、粋な独眼竜の時代だよ」

 鼻に貼った絆創膏をさすりながら、彼は青葉山公園の伊達政宗騎馬像を見上げていた。

​ 夕闇が迫る中、タカシは誰もいないのをいいことに、石垣の上でコートの襟を立て、今日一番の「一徳」を絞り出す。

​「独眼竜の覇気、いただきましたぁ~~」

​ ねっとりとした声が夜の静寂に溶けた瞬間、巨大な騎馬像がギチギチと音を立てて動き出した。

 石像ではない。それは、体長5メートルを超える妖怪・伊達政宗だった。

​「……おぬし、我が眼の前で不埒な声を出すのは誰だ」

​ 地鳴りのような声。タカシが震え上がると、妖怪政宗は馬から飛び降り、地響きとともにタカシの目の前に着地した。その顔には、伝説の通り黒い眼帯が。

​「ひ、ひえぇっ! 伊達……さん? 独眼竜さん?」

「……我が『欠けた右眼』。その奥に何があるか、見てみたいか?」

​ 妖怪政宗がニヤリと笑い、ゆっくりと黒い眼帯に手をかける。

「やめて! 見たくない! 興味ないです!」

 タカシの絶叫も虚しく、眼帯が引き剥がされた。

 ​そこにあったのは眼球ではない。

 眼窩がんかの奥から、ヌルリと、そして凄まじい密度で**「黄金色の蛇」**がとぐろを巻いて溢れ出してきたのだ。

 蛇はシュルシュルと音を立てながら政宗の顔中を這い回り、タカシに向かって鎌首をもたげる。

​「うわあああ! 蛇! 蛇が出ましたぁ~~っ!」

​ パニックに陥ったタカシは、一徳ポーズのまま脱兎のごとく逃げ出した。

「待て、おぬし。我が眼(蛇)から逃げられると思うな!」

 背後から無数の蛇が地面を這う音が迫る。

 ​タカシは石段を一気に駆け下りる。「ここさえ抜ければ広瀬川だ!」と叫んだその時。

 彼の目に飛び込んできたのは、観光客が落としたのであろう、仙台名物**「ずんだ餅」**のパックだった。

​「あッ」

​ 不運の神様は彼を離さない。

 潰れたずんだ餅の、あの絶妙な粘り気。

 タカシの右足がその緑色のペーストを完璧に捉えた。

​「ズザァァァァァッ!!」

​ これまでにないほど華麗なスライディング。

 タカシの体は石段を一段ずつ、「ドコッ、バキッ、メロンッ、いただきましたぁッ!」とリズム良く打ち付けながら転げ落ちていく。

​ ようやく止まったのは、瑞鳳殿へと続く参道のド真ん中。

 タカシは完全にひっくり返り、股関節が妙な方向に曲がった状態で静止した。

 その顔面の上には、追いかけてきた蛇の一匹がポトリと落ちてきた。

​「……ずんだ、いただきました……」

​ タカシが意識を失いかける中、妖怪政宗は転げ落ちたタカシのあまりの無様さに、

「……すいではない。全くもって、粋ではないわ」と吐き捨て、蛇を眼窩に戻しながら夜霧の中に消えていった。

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