第38話 岸部一徳病
窓の外にパトカーの赤い回転灯が反射し、廊下からは騒がしい足音が近づいてくる。
緊迫した空気が教室を支配し、誰もがタカシの次の一動を注視していた。
そんな極限の静寂の中、タカシはおもむろに制服のポケットから一枚の領収書と、小さな請求書を取り出した。
「……あ、そうだ」
タカシは、あの中年俳優を彷彿とさせる、妙に落ち着いた、それでいてどこか含みのある粘り気たっぷりの声色に切り替えた。背筋を少し丸め、首を傾けながら、まるでドラマのワンシーンを演じるように。
「佐伯くん。これ、これね……今回の弾代と、クリーニング代の請求書。メロン、いただきましたぁ〜〜」
独特の拍子で言い放ち、タカシはスキップでも踏むような足取りで佐伯に歩み寄ろうとした。
しかし、床に散らばった自分のノートと、先ほど自分で撃ち抜いて粉々になった机の破片を完全に失念していた。
「あッ!?」
派手な音を立てて、タカシの体が宙を舞った。
「メロン」の余韻も虚しく、彼は文字通り「ゴミ箱」と書かれた背中を上にして、床に盛大に突っ伏した。
ガシャン! というマヌケな衝撃音と共に、手放したサブマシンガンが床を滑り、佐伯の足元へ。
「…………」
教室に、さっきとは質の違う、痛々しいまでの沈黙が流れる。
「……いたたた……」
タカシは鼻を押さえながら、ゆっくりと顔を上げた。
せっかくの「透き通った静寂」も、今の岸部一徳風のムーブも、すべてが台無しだった。
目の前では、さっきまで恐怖に凍りついていた佐伯が、信じられないものを見るような目でタカシを見下ろしている。
「……お前、何やってんだよ……」
佐伯の声に、恐怖よりも「呆れ」が混じる。
校舎に踏み込んできた警察官たちの怒号がすぐそこまで迫る中、タカシは真っ赤になった顔で、もう一度だけ、小さく呟いた。
「……メロン、美味しかったんだけどな……」
これが、のちに語り継がれる「放課後の銃撃事件」の、あまりにも締まらない幕切れだった。
警察の厳しい追及を「あれは演出です、メロンの領収書もあります」と煙に巻いたのか、タカシはなぜか少年鑑別所行きを免れ、保護観察処分となった。
数ヶ月後。更生プログラムの一環として、彼は福島県・会津若松の「
タカシはさざえ堂の奇妙な二重螺旋を眺めながら、またしても例の
「会津の風、いただきましたぁ〜〜」
その瞬間だった。
空を切り裂くような異音が、飯盛山の静寂をぶち壊した。
「バラバラバラバラッ!!」
見上げると、上空を飛行していた民間の大型ヘリコプターが、明らかに挙動を乱している。テールローターから黒煙を吹き出し、機体は
「え、うそ、……ちょっと待って!」
タカシは慌てて逃げ出そうとしたが、ここでも彼の「運命」が牙を剥く。
さざえ堂のスロープの段差に、履き慣れない観光用の下駄を引っ掛けたのだ。
「あだッ!?」
またしても盛大な音を立ててコケるタカシ。鼻を地面に強打し、目の前に火花が散る。その視界の端で、巨大な鉄の塊が、まさに自分の数メートル先へと突き刺さるのが見えた。
ズドォォォォォォン!!
爆風がタカシを吹き飛ばす。ヘリのローターが手裏剣のように飛んできて、彼がさっきまで立っていた案内板を一刀両断にした。
もはや「メロン」だの「一徳」だの言っていられる状況ではない。
タカシは土まみれ、鼻血まみれの顔を上げ、墜落したヘリを見上げた。炎上する機体。逃げ惑う観光客。
そして、彼は気づいてしまう。
ヘリのハッチが衝撃で外れ、中から転がり落ちてきた「荷物」に。
それは、あの日教室で放り投げたものと同じ、重厚な油の匂いを放つ軍用規格の木箱だった。蓋が割れ、中から無数の自動小銃が、まるでタカシを嘲笑うように転げ出している。
「……なんで、またこれなんだよ……」
タカシは鼻血を拭いながら、呆然と呟いた。
どうやら彼の人生は、どれだけ「一徳」を気取って静かに暮らそうとしても、鉄の雨を呼び寄せてしまう体質らしい。
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