第25話 狼脱走

 図書館の駐車場に漂う死の臭いと、鈴木の背後に迫る仮面の男たち。絶体絶命のその瞬間、夜の静寂を切り裂いたのは、銃声でも悲鳴でもなく、魂を震わせるような**「遠吠え」**だった。

 鋼の檻の決壊

​ その異変は、滋賀県内の山間部にある私立動物保護施設から始まった。

​「カップル狩り」の混乱に乗じて施設に侵入した何者かが、実験用として隔離されていた**「ハイイロオオカミ」**の檻を解き放ったのだ。空腹と人への憎悪を募らせた獣たちは、雪の舞い始めた滋賀の街へと一斉に解き放たれた。

 捕食者の再臨

​ 図書館の駐車場で鈴木を追い詰めていた武装集団が、一瞬、動きを止めた。

 暗闇の向こうから、黄金色に光る無数の眼光が近づいてくる。

​「……なんだ、あれは」

​ 仮面の男が銃を構え直した直後、巨大な影が街灯の下を横切った。

 脱走した狼の一頭が、時速50キロを超える速さで武装集団の喉元へ躍りかかる。

​「ぎゃああああ!」

​ 銃声が乱れ飛ぶが、飢えた獣の執念には勝てない。かつてカップルを射殺し、山内をプールの底へ沈めた冷酷な処刑人たちが、今度は「餌」として引き裂かれていく。


 ​鈴木の逃走

​ この混乱こそが、唯一のチャンスだった。

 鈴木は倒れたカップルの遺体を飛び越え、狂乱の駐車場を駆け抜けた。背後では、狼の咆哮と男たちの断末魔が混ざり合い、この世のものとは思えない地獄の交響曲を奏でている。

​「小説……僕の書いた小説が、現実を追い越していく……!」

​ 彼は無我夢中で、占拠された母校へと向かって走った。そこには、まだ男装して潜伏しているリナや、絶望の淵にいる生徒たちが残されているはずだ。

​  

 雪の上の足跡

​ 学校の校門に辿り着いたとき、鈴木は目にした。

校舎の屋上に、一頭の巨大な白狼が立ち、月を見上げて吠えている姿を。

 そしてその傍らには、返り血を浴びた制服を纏い、男装のメイクが剥げ落ちた佐倉リナが立っていた。

 ​彼女の瞳には、かつての恐怖は微塵もなかった。

「……鈴木さん、遅かったわね」

​ リナは足元の白狼の頭を優しく撫でながら、冷たく笑った。

「カップルも、いじめっ子も、学歴に縋る大人たちも。この『牙』がすべて、平等に終わらせてくれるわ」


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