第24話 閉ざされた物語、開かれた悲劇

「……ふう」

​ 滋賀県立図書館の静寂な学習室で、鈴木はノートパソコンを閉じた。

 画面の中で完結した物語。占拠された学校、男装した美女、そして冷たいプールの底に沈んだいじめっ子……。指先に残るタイピングの熱量は、彼がその狂気の世界にどれほど没頭していたかを示していた。

​「できた。これで、僕を馬鹿にした連中を見返せる……」

 ​鈴木は、自分が書き上げた復讐劇の完成度に酔いしれていた。大学の講義で、学歴や家柄を鼻にかけ、自分を「凡庸な短大卒予備軍」と嘲笑った連中。そんな連中が凄惨な最期を遂げる物語を描くことだけが、彼の唯一の救いだった。

​ 時計は閉館時間を過ぎようとしている。鈴木は荷物をまとめ、満足感に包まれながら図書館の重い玄関扉を押し開けた。


 ​氷点下の現実

​ 外気は痛いほどに冷たく、琵琶湖から吹き下ろす夜風が頬を刺した。

 街灯がまばらに照らす図書館の駐車場。暗闇の中に、妙な違和感があった。

​ ガサッ、と茂みが揺れる。

​「……誰だ?」

​ 鈴木が視線を向けた先。植え込みの影に、絡み合うようにして倒れている二つの人影があった。最初は、この寒さの中で密会している不届きなカップルかと思った。しかし、その体勢はあまりにも不自然だった。

​ 近づくにつれ、鼻を突く鉄錆のような臭い。

 鈴木の足が、アスファルトの上に広がる粘り気のある黒い液体を踏み抜いた。

​「ひっ……!」

 ​そこに横たわっていたのは、彼が物語の中で描いたような、幸せの絶頂から叩き落とされた無残な姿だった。

 一人は、地元の名門大学のジャンパーを着た男子学生。もう一人は、華やかなコートを纏った女子学生。二人は最期まで手を繋ごうとしていたのか、指先が不自然な角度で絡まったまま、物言わぬ肉の塊へと変わっていた。

​ その首筋には、鈴木が小説の中で描写した「カップル狩り」の烙印と同じような、鋭利な刃物による刻印が刻まれている。

 侵食する虚構

​ パニックに陥り、後ずさりした鈴木の背中に、硬い感触が当たった。

​「……続きが、読みたかったんだよ」

​ 背後から聞こえてきたのは、彼が小説の中で書いた「仮面のリーダー」と全く同じ、低く冷徹な声。

​振り返る勇気はなかった。ただ、暗闇の中から複数の足音が近づいてくる。

 鈴木が書き上げた物語は、完結していなかった。   それは終わりの始まりであり、彼自身が、自分が生み出した「秩序」の次の標的になったことを理解した。

​ 図書館の自動ドアのガラスに映る自分の顔。

 それは、恐怖に歪み、絶望に染まった、まさに「物語の登場人物」そのものだった。

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