第5話 貧乏貴族と聖女様と神獣様
「火が、消えていく」
「それに、傷も治っているぞ!」
「おい、あの空を見ろ!」
「えっ、空?」
目を閉じてひたすら祈っていた私は、周囲から漏れ聞こえてくるざわめきに、恐る恐る目を開ける。
先ほどまで講堂を飲み込み、逃げ場を奪っていた灼熱の炎はみるみるうちに小さくなっていく。
そして、傷だらけになりながら逃げ惑っていた人々は、呆然とした表情で自分の身体を確かめていた。
一体、何が起きて……?
状況を理解できないまま、私はそっと顔を上げる。
その瞬間、思わず息を呑んだ。
夜空を覆うように、純白の巨大なドラゴンが舞っていたのだ。
陽光に照らされて輝く鱗は神々しく、黄金色の光の雨が、その翼の先から静かに降り注いでいる。
その光が触れた場所から、炎は消えていき、人々の傷は癒えていった。
「あのドラゴンが、私たちを?」
美しい姿に胸がざわめく。
けれど、どこか既視感を覚えてしまった。
消化と人々の治癒を終え、光の雨を降らすのを止めたドラゴンがゆっくりとこちらへ視線を向けたその瞬間。
閉じられていた講堂の扉が勢いよく開き、重装備の騎士たちを率いた人物が駆け込んできた。
その中心には、この国の国王陛下がいた。
講堂の様子を見た陛下は、空を仰ぎ見てポツリと呟く。
「あれが、伝説に語られる神獣様」
「神獣、様……?」
『神獣様』って、国が滅びの危機に瀕した時、聖女と共に現れる守護者のこと。
お伽噺でしか聞いたことがない存在の名前に思わず首を傾げた時、空にいた巨大な神獣の体がみるみる小さくなっていく。
そして、ふわりと舞い降りて――私の肩に、ちょこんと乗った。
「えっ!?」
どうして神獣様が私の肩に!?
驚きのあまり言葉を失っていると、神獣様の綺麗な金色の瞳がまっすぐ私を見つめ、私の頭の中に優しい声で語りかける。
『リリアナ。僕、ちゃんと守れたでしょ?』
「……え?」
どうして、神獣様が私の名前を……って、待って。その綺麗な瞳に愛らしい顔立ち。
まさか……!
私は震える声でドラゴンの名前を呼ぶ。
「……キュア、なの?」
「キュア!」
「嘘、でしょ?」
肩の上で元気よく鳴くそのドラゴンは、私が2年間、大切育ててきた相棒。
攻撃力ゼロと嘲笑われ、何度も傷つけられてきた、あの灰色のドラゴンだった。
唖然として言葉を失う私の前に陛下が静かに歩み寄り、そして――跪いた。
「へ、陛下!?」
「神獣様。あなたが姿を現したということは……この方こそが、今代の聖女様なのですね」
「せ、聖女!?」
『聖女様』って、邪悪から国を守り、豊穣を与えるあの聖女!?
その聖女様が、私ってこと!?
神獣様に続いて、お伽噺で聞く伝説の存在の名前に、わなわなと唇を震わせている私の傍で、キュアは小さく頷いた。
『その通りだ。リリアナこそ、今代の聖女である』
それを聞いて陛下は深く頭を垂れる。
「やはり……」
すると、キュアは私の肩から降り、陛下の前へ進み出ると、講堂の天井に届くほどまでその身体を再び巨大化させる。
『貴様は、最初から知っていたな』
「はい。聖女がリリアナ嬢であることも、あなた様が神獣様であることも」
『あの愚かな王太子は、何も知らなかったがな』
「……すべて、私の責任です」
『なに、貴様は古き盟約に従った。そうだろ?』
「古き盟約?」
『リリアナに聖女のことや私の正体のことを言わなかったのは、我ら龍族と交わした古き盟約に従ってか?』
「古き盟約?」
そんなものがあったの?
「はい。『過ぎた力は新たな争いを生む。何より、聖女の力は、ひた隠ししてこそ真の力を発揮する』ですので、盟約に従い、今日までひた隠ししていました」
『そのせいで、リリアナは何度も死にかけていたが』
「返す言葉もございません」
「構わない。私も聖女の存在を隠したいがばかりに、理不尽な目に遭っている何も出来なかったのだから」
「キュア……」
陛下もキュアも私が聖女だから今の今まで黙っていたのね。
それが、私や国を守ると知っていたから。
『だが、此度の件はさすがに、我々ドラゴン側も貴様達人間側もやりすぎだと判断し、このように姿を現し、聖女に仕える神獣としての力を行使した』
「いえ、此度の件、我々人間の失態で他なりません。ですので、いかなる処罰も受けましょう」
「フン、賢明な国王で安心した。貴様もあのバカ息子と同じであったらどうしようかと思っていた」
「っ!」
『どうしようか』ってキュア、あなたどうしようとしていたのよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます