第4話 貧乏貴族と覚醒した力

 学園に入学してから、二年。


 ようやく迎えた卒業パーティーで――誰もが予想しなかった事態が起こった。



「シャルロッテ・アンダーマン公爵令嬢! 貴様の暴君さは、もはや目に余る! よって、この場で貴様との婚約を破棄する! そして――ここにいるカレン・エスティア男爵令嬢と、新たに婚約する!」



 ざわり、と講堂が揺れた。


 我が国の王太子が、公衆の面前でシャルロッテ様との婚約破棄を宣言し、さらにカレン様との婚約を発表したのだ。



「ど、どうしてですの!? その女は、男に媚びることしか能のないではありませんか!」



 動揺と怒りで声を荒げるシャルロッテ様に、殿下は冷え切った視線を向け、鼻を鳴らす。



「貴様こそ、気に入らない者をドラゴンや取り巻きを使って虐め、学園で好き放題していたではないか!」

「そ、それは……殿下のことを想って……!」

「まだ言うか! その暴君ぶりは、未来の国母に相応しくない!」



 突如始まった断罪劇。


 壁際で“壁の花”に徹していた私は、思わず小さく息を吐いた。


 殿下の言い分は、確かに間違っていない。


 シャルロッテ様が国母になれば、この国は確実に荒れるだろう。


 だから、婚約破棄自体は理解できる。

 けれど――そこにいる男爵令嬢と婚約するって正気?


 確かにカレン様は、稀少なドラゴンを持っている。

 けれど、未来の国母に相応しいかと問われれば、首を傾げざるを得ない。


 殿下以外の男性と、親しげに寄り添う姿を、私は何度も目にしていたから。


 その時。、怒りで震えるシャルロッテ様が、相棒を呼び出して叫んだ。



「エンパイヤ! 今すぐ、その女を焼き殺しなさい!!」



 刹那。


 轟音と共に講堂の屋根が吹き飛び、巨大な真っ赤なドラゴンが顔を覗かせた。そして、カレン様に向かって灼熱のブレスを放とうとする。



「や、やめろ、シャルロッテ! やりすぎだ!」

「うるさいですわ、お父様! 私は未来の国母として、この女を断罪しなければなりませんの!」



 実の父親の制止すら振り切り、シャルロッテ様は命令する。


 それに対抗するように、カレン様も叫んだ。



「リスリル! 私と殿下を守って!」



 呼び出されたドラゴンが、殿下とカレン様の周囲に水の結界を張る。



「え?」


 思わず声が漏れた。


 待って、私たちはどうなるの?



「お、おい! 俺たちもドラゴンを呼ぶぞ!」

「そうだ! あの二人の争いに巻き込まれるなんて、御免だ!」



 自分たちが守られていないことに気づいた参加者たちが、慌ててドラゴンを呼び出そうとする。


 だが――間に合わなかった。


 シャルロッテ様のドラゴンが放ったブレスによって、講堂は一瞬で火の壁に包まれたから。



「殿下、大丈夫ですか?」

「あぁ。それより、この場を離れよう」

「はい!」



 殿下はカレン様を抱き寄せ、自分のドラゴンを呼び出すと、その背に乗って逃げ去っていく。



「ま、待ちなさい!」



 怒り狂ったシャルロッテ様もまた、ドラゴンに乗って追いかけた。



「嘘、でしょ」



 当事者たちが、私たちを置き去りにして逃げるなんて。



「こっちにも火の手が!」

「もう……終わりだ……!」



 講堂は阿鼻叫喚の地獄と化していた。


 恐怖と怒りで頭が真っ白になりかけた、その時。


 不意に、頭の奥に声が響いた。



『願って』

「……え?」

『この人たちを救いたいなら、願って』



 とても穏やかで、心地よい声。


 初めて聞くはずなのに、どこか懐かしく、ずっと一緒にいたような安心感があった。


 逃げ場はない。

 ならば――。



 私は小さく息を吐き、炎に包まれた会場の中央へ歩み出ると、静かに膝をついた。



「リリアナ、何をしているんだ!」


 お父様の叫びを背に、私は両手を組んでそっと目を閉じる。



「お願い、この場にいる人たちを、助けて」



 その瞬間。


 真っ白なドラゴンが現れ、眩い光の雨を講堂いっぱいに降らせる。


 すると、燃え盛っていた炎が次々と消え、人々の傷がまるで時間を巻き戻すかのように癒えていった。

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