第3話 貧乏貴族と虐められドラゴン
ドラゴンが卵から孵って数日。
それと同時に、私に向けられる嫌がらせは、明らかに一線を越え始めていた。
「ねぇ、見て。あの女のドラゴン、とんでもない落ちこぼれなのよ」
「知ってる~。よく恥ずかしげもなく学園に居続けられるわよね」
「本当。私だったら、さっさと自主退学しちゃうわ~」
……あっそ。
でも私、学園長から退学処分は受けていないから、まだこの学園の生徒なんだけど。
遠巻きにクスクスと笑う令嬢たちの視線に鼻を鳴らしたその時。
中庭の方角から、聞き慣れた鳴き声が届いた。
「キュア!!」
私の相棒ドラゴン――キュア。
攻撃力ゼロという烙印を押されたキュアは、他のドラゴンや学生たちにとって、格好の嘲笑と憂さ晴らしの的になっていた。
嫌な予感に胸が締め付けられ、中庭へ飛び出して駆けていく。
そこにあったのは――。
真っ赤なドラゴンが、灰色の小さなドラゴンを一方的に痛めつけ、その様子を面白そうに眺め、笑う人間たちの姿だった。
「やめなさい!!」
叫ぶと同時に、私が放ったのは唯一使える土魔法。
視界を奪う程度の、ささやかな目くらまし。それでも十分だった。
真っ赤なドラゴンが一瞬怯んだ隙に、私は傷だらけのキュアを抱き上げ、その場から一気に走り出す。
「ちょっと、待ちなさい!」
誰が待つものですか、この暴君姫!
背後で、怒りに呼応するかのように咆哮が響いた。
シャルロッテ様のドラゴンが、私に向かって容赦なくブレスを吐く。
まずい!
間一髪で身を投げ出すようにかわし、そのまま私は転がるようにして森の中へ逃げ込んだ。
「アハハハッ! よくやったわ、エンパイヤ! さすが、私のドラゴンね!」
何が「さすが」よ!
ドラゴンに人を殺させかねない行為が、どれほどの罪かも分からないなんて!
自分のドラゴンを称賛するシャルロッテ様の高笑いと、無様に逃げる私を嘲る取り巻きたちの声を背に、私は使われていない旧校舎へと駆け込んだ。
腕の中で、小さく震えるキュアを見る。
「キュア、ごめんね」
旧校舎の奥にある馬小屋なら、さすがにあの人たちも来ないと思っていたのに。
キュアが気弱で、臆病で、それでも心優しい性格だと分かってから、私は彼に言い聞かせていた。
『学園に通っている間は、寮の部屋で大人しくしていて』と。
シャルロッテ様のドラゴンは、飼い主と同じく凶暴な性格だ。
キュアのような弱いドラゴンは、格好の標的になる。
そう思って言い聞かせていたんだけど……「キュア」という、あまりにも分かりやすい玩具を見つけてしまった暴君姫は、権力と取り巻きを使い、私の部屋からキュアを連れ出した。
そして、自分や取り巻きたちのドラゴンを使ってキュアを痛めつけ、その様子を見て取り巻き達と笑うという悪趣味な遊びを始めたのだ。
その遊びを始めてから、私はキュアを救い出しては、見つからなさそうな場所へ隠す、ということを繰り返していた。
鬱蒼とした森に囲まれた旧校舎の馬小屋なら、いくらシャルロッテ様でも来ないと思っていたのに。
旧校舎に入ってすぐ、私は隠してあった救急箱を引き寄せ、ドラゴン用の傷薬を取り出すと、震えるキュアの体を丁寧に手当てしていく。
「それにしても、いい加減、飽きてくれないかしら」
本当なら、シャルロッテ様は私なんかに構っている暇はないはずだ。
なにせ、ドラゴンが孵化してから、彼女の婚約者であり、この国の王太子であるフレッド様が、希少なドラゴンを持つカレン様とますます親しているのだから。
もちろん、それが気に入らないシャルロッテ様は、カレン様に対しても犯罪すれすれの嫌がらせをしているらしいけれど。
まぁ、上手くいっていないから、その苛立ちが私に向いているのだろうけど。
「カレン様ばかり構うフレッド様にも問題だと思うけど……とりあえずキュア、卒業までの辛抱よ。そして、卒業したらすぐに伯爵領に帰るわよ!」
そう、固く決意した私だったけど……まさか、その卒業パーティーで、あんな出来事が起きるなんて。
この時の私は、夢にも思っていなかった。
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