第2話 貧乏貴族と攻撃力ゼロのドラゴン
ドラゴンの卵を受け取ってから、半年が過ぎた。
私はシャルロッテ様をはじめとした令嬢たちからの陰湿な嫌がらせを受けながらも、毎日欠かさず、夜の終わりに卵へ魔力を注ぎ続けていた。
他の生徒たちと比べれば、私の魔力量は圧倒的に少ない。
けれど、孵化前のドラゴンの主食が魔力である以上、これはどうしようもないことだった。
「ごめんね、少ない魔力で」
卵にそっと手を当てて囁く。
きっとこの子は、私のせいで攻撃力がほとんどないドラゴンとして生まれてしまうだろう。
それでも、この子のパートナーは私だ。
生まれてきたら、精一杯の愛情を注ごう。
もちろん、生まれる前から注いでいるつもりだけれど。
「はい、おしまい。さて、もう寝ようね」
貧乏貴族である我が家には、帝都にタウンハウスなど存在しない。
そのため、学園入学と同時に、誰も住んでいなかった学生寮へ移り住むことになった。
一人部屋の寮室で、魔力を注ぎ終えた私は、部屋の隅に自分で作ったふかふかのベッドに、そっと卵を置く。
主食が魔力とはいえ、生き物であることに変わりはない。
だから、寝床を用意するのは当然だと思っている。
シャルロッテ様をはじめとする他の子息令嬢たちは、魔力を注ぐ以外の世話をすべて使用人に任せているらしいけど。
貧乏貴族であるうちでは到底出来ないわね。
あ、でも――カレン様は、私と同じで自分の手で卵を育てているらしいわね。
「おやすみ、私のドラゴン」
君が生まれてくる日を、心から待っているわ。
――そして翌日。
講堂には、卵を抱えた生徒たちが集められていた。
卵を受け取ってから半年。いよいよ、孵化の時が来たのだ。
「さぁ、皆の者。ありったけの魔力を注ぎたまえ」
学園長の号令と同時に、生徒たちは一斉に魔力を流し込む。
その瞬間――。
これまで頑丈だった卵に次々とひびが入り、殻を破って、翼の生えた小さな生き物たちが、
『オギャー!』
と、産声を上げながら姿を現した。
「か、可愛い……!!」
私のドラゴン、なんて可愛いの!
灰色の鱗に、金色の瞳をした小さなドラゴン。
一目で心を奪われた私は、反射的に抱き上げ、そのまま胸に抱きしめた。
すると、主と認めてくれたのか、ドラゴンは小さく鳴きながら、私の頬にすりっと擦り寄せてくる。
可愛すぎる。
この子のためなら、私、何だって出来る!
圧倒的な愛らしさに、私の中で母性が完全に目覚めたその瞬間。
ドラゴンの攻撃力を測定していた先生の声が講堂に響き渡った。
「シャルロッテ嬢のドラゴン、火属性持ち! 攻撃力は歴代最高です!」
その言葉に、講堂中がどよめいた。
「王太子殿下の婚約者であり、過去最高の魔力量を誇る私ですもの。当然ですわ!」
真っ赤なドラゴンを取り巻きに抱えさせ、シャルロッテ様は誇らしげに周囲を見下ろす。
さすが、と言うべきなのだろう。
その時、別の方向から、さらに衝撃的な声が上がった。
「カレン嬢のドラゴン、水と風の二属性持ち! 攻撃力は――こちらも歴代最高です!」
一瞬で、講堂に動揺が走る。
二属性持ちのドラゴンなど、百年に一度現れるかどうかの希少種なのだから。
「えへへ……この子、とっても可愛いのに、とっても強いんですね!」
我が子を褒められ、嬉しさを隠しきれずに笑うカレン様。
その傍で、苦笑しながら彼女の頭を撫でるフレッド様。
それを、悔しさを隠しきれない表情で睨みつけるシャルロッテ様。
本能的に察した、 ますます面倒なことになりそう。
すると、私のドラゴンの測定をしていた先生が、呆然とした表情のまま結果を告げる。
「リリアナ嬢のドラゴン……無属性。攻撃力は――ゼロです」
えっ、攻撃力……ゼロ?
一瞬、頭が真っ白になった。
次の瞬間、周囲から容赦ない嘲笑が降り注ぐ。
「やっぱり、貧乏貴族のドラゴンなんて大したことないのね!」
「魔力が少ない貴族なら、当然の結果よ」
「今から退学しても、誰も困らないんじゃない?」
シャルロッテ様の言葉を合図に、嘲笑はさらに大きくなり、他のドラゴンたちまでもが、侮蔑するような視線を向けてくる。
その空気に怯え、私の腕の中で、小さく身を縮めるドラゴン。
――それを見た瞬間、私の心は決まった。
『絶対に、この子を守る』
何があっても、この子は私の大切なパートナーなのだから。
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