卵から孵った気弱ドラゴンは、実は伝説の神獣でした
温故知新
第1話 貧乏貴族と悪役令嬢とヒロイン
「皆の者、今日は知っての通り、ドラゴンの卵が与えられる日である。我が国の国防を担う、極めて重要な生き物だ。そしてそれは、君たちにとって生涯のパートナーとなる存在でもある。卵が孵るまで、毎日欠かさず魔力を与えるように」
講堂に響き渡る学園長の声を聞きながら、私は胸の奥で小さく息を吐いた。
ドラゴン――この世界で最強の生物であり、お伽噺には必ずと言っていいほど登場する存在。
そのドラゴンと太古の昔から共存してきた国、それが『ドラゴニク帝国』だ。この国では、学園に入学する十六歳の貴族の子息令嬢に、一人一つずつドラゴンの卵が与えられるという、古くからの仕来りがある。
理由は単純だ。
孵化するまでのドラゴンの主食は、人の持つ魔力。そして、その魔力を豊富に持つのは平民ではなく、貴族だからである。
貴族として生まれ、学園に入学した者は、生涯のパートナーであり、同時に国防を担う存在となるドラゴンの卵を授かる。孵化するまで魔力を注ぎ続け、無事に生まれた後は、国を守る存在として育てていく。
それこそが、この国を支える貴族の責務だった。
そんな国に生まれた私――リリアナ・マスティックは、貧乏貴族として名高いマスティック伯爵家の令嬢である。
幼い頃から、私は領民たちと一緒に畑を耕し、数少ない使用人たちと屋敷の掃除をして過ごしてきた。泥だらけになることも珍しくなく、貴族令嬢らしい優雅な暮らしとは程遠い毎日。
そのせいで、社交界の作法などはほとんど身についていない。
それでも、古くからの仕来りに従い、私は遥か遠くにある帝都の学園へ学年次席の『特待生』として入学することになった。
本来、貴族が成績優秀者に与えられる学費免除制度――特待生制度を利用することはほとんどない。けれど、我が家は弱小貴族だ。学費に使うお金があるなら、領民のために使ってほしい。
そんな事情もあり、特待生として入学した私は――案の定、入学初日から周囲の子息令嬢たちの嘲笑の的になっていた。
「見て、あの令嬢。平民と一緒に働いているんですって」
「えぇ、私たちと同じ貴族だなんて、信じられませんわよね」
はいはい、そうでしょうね。
普通の貴族なら、手入れの行き届いたガゼボで、豪華なドレスに身を包み、優雅にお茶を飲みながら――よその貴族の噂話に花を咲かせるものなのだから。
「本当、帝都の貴族って陰湿」
心の中でそう呟きながら、私は学園長の訓示を終え、担任の先生からドラゴンの卵を受け取った。
これが、ドラゴンの卵。
本で見たことはあったけれど、実物は想像以上に大きく、両腕で抱えなければならないほど重い。卵越しでも、かすかに命の温もりを感じた。
「どんなドラゴンが生まれるのかしら?」
この国では、攻撃力が高ければ高いほど有能だと言われている。そしてそれは、飼い主の魔力量に左右される。
だとしたら……私のドラゴンは、きっと強くはない。
だって私は、貴族とは思えないほど魔力量が少ないのだから。
「ごめんね」
卵にそっと囁く。
「でも、毎日ちゃんと魔力は注ぐから」
灰色の大きな卵を抱え、教室へ戻ろうとしたその時、背後から高圧的な声が響いた。
「あなた、私の分の卵を持ちなさい」
「え、でも私も卵を……」
「は? 私の言うことが聞けないの? 侯爵令嬢の分際で?」
「も、申し訳ございません!」
振り返った先にいたのは、金髪碧眼で白魚のような肌を持つ、誰もが振り返るほどの美貌の少女。学園指定の制服ではなく、高価そうなドレスを身にまとい、取り巻きを従えている。
シャルロッテ・アンダーマン公爵令嬢。
学園史上最高の魔力量を誇り、『火・水・風』の三属性魔法を操る天才。
その威圧に逆らえず、取り巻きが震えながら卵を運ぶ姿を、私は少しだけ哀れに思った。
その時、別の方向から、明るく弾んだ声が聞こえてきた。
「うわぁ~! これがドラゴンの卵? とっても大きい!」
視線を向けると、ピンク色の髪に空色の瞳をした少女が、水色の卵を抱えて笑っている。
確か、あの子の名前は……
「こら、カレン・エスティア男爵令嬢。貴族令嬢が、そんなにはしゃいではいけないだろう?」
「わわっ、すみません! フレッド様!」
そう、カレン・エスティア男爵令嬢。私と同じ特待生で、学年首席。
そして、シャルロッテ様と並ぶほどの膨大な魔力量の持ち主。
「カレン・エスティア! また、私のフレッド様に近づいて……!」
ご自身の婚約者でありこの国の王太子であるフレッド様とカレン様が仲良くしてるさまをシャルロッテ様が睨みつけるのを見た瞬間、私は確信した。
『これから面倒なことになる』と。
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