第三話 ワークショップの親睦会

ワークショップを終え、希望者だけの打ち上げが、芸能関係者がよく利用する居酒屋で開かれた。


薄暗い照明の下、半個室ごとに俳優やワークショップの参加者たちが酒を酌み交わし、今日の感想や演技の話で盛り上がっている。真由美は胸に緊張と興奮を抱えながら、星ルイと米沢美鈴のグループのテーブルに飛び込んだ。セクシー女優「幻夢子」として数年、魂を削ってきた彼女にとって、こうした場は新たな一歩への試金石だった。


「ルイさん、女優の仕事って、どうやってオーディションを勝ち取るんですか? テレビや雑誌、ラジオの仕事は、どうやって入ってくるんですか?」


真由美は矢継ぎ早に質問をぶつけた。ルイは一瞬驚いた表情を見せたが、穏やかに答えた。


「真由美さん、熱心ね。オーディションはまず、自分をどう見せるか。個性をしっかり出すのが大事。テレビや雑誌は……コネも多少は必要だけど、結局は実力よ」


真由美は大きく頷き、今度は美鈴に向き直った。


「美鈴さん、舞台のオーディションってどんな準備が必要ですか? 演技のコツ、教えてください!」


美鈴は少し面食らった様子で笑い、


「めっちゃガツガツ来るじゃん」


と肩をすくめた。


「舞台はまず脚本を徹底的に読み込むこと。役の背景を自分で深く想像して、感情の動きを丁寧に作っていくの。オーディションでは……とにかく自分を信じることかな」


真由美の前のめりな姿勢に、周囲は最初


「ちょっと引くわ……」


と笑っていたが、その真剣さに次第に引き込まれていった。彼女はかつての監督やマネージャーから


「芸能界は認知されなきゃすぐに忘れられる。積極的にいけ」


と教えられた言葉を、そのまま体現していた。やがて美鈴がいたずらっぽく目を細め、言った。


「ねぇ、幻夢子って自己プレゼン用の動画とか持ってるんでしょ? どんなの? 見せてよ」


真由美は一瞬躊躇したが、すぐに覚悟を決めた。


「うん、あるよ。清純系、過激系、バラエティ系の三種類。どれが見たい?」


美鈴は目を輝かせ、


「過激系! どうせならインパクトあるやつ!」


周囲が「え、マジ?」とざわつく中、真由美はスマホを取り出し、イヤホンを数人に回しながら過激系レーベルの代表作の短いダイジェスト動画を見せた。


画面には、セーラー服姿の幻夢子が薄暗い教室で複数の男優に囲まれ、激しく抵抗しながらも追い詰められていくシーンが映し出された。服が乱れ、涙を流しながら必死に耐える姿。迫真の表情と声が、観る者の胸を締め付けるほどだった。


動画が終わると、テーブルは一瞬言葉を失った。美鈴は息を呑み、ルイも静かに目を伏せた。数人の女性受講生は顔を見合わせ、言葉を探している様子だった。


「……マジ、すげぇ……」


男性受講生の一人が呟くと、真由美は落ち着いた声で補足した。


「このシーン、感情を出すのがすごく難しくて、何度もテイクを重ねました。安全管理や演出はスタッフとしっかり打ち合わせして進めています」


美鈴が震える声で尋ねた。


「最初は正直、場違いだと思ってた。でも……メンタル、どうやって保つの? こんな過酷な仕事……」


真由美は穏やかに微笑んだ。


「撮影後は必ずマネージャーやメンタルケア専門の女性スタッフと話して、心を整理する時間を作ります。辛いシーンは演技として割り切るけど……やっぱり魂を削る仕事なので、自分を褒めてケアするようにしてるんです」


美鈴は小さく呟いた。


「……この覚悟、半端ないね。尊敬する」


ルイも静かに頷き、


「私たちも似たような過酷な現場はあるけど、ここまで割り切るのは並大抵じゃない。プロの覚悟、しっかり感じたわ」


と短く言った。誰かが


「それでよく続けられたね……ギャラ良かったの?」


と尋ねると、真由美が軽く笑って答えた。


「そのレーベルは一本のギャラが百万円で、一年で十二本の専属契約だったんです」


一同が「え、百万円!?」と驚きの声を上げたが、美鈴はすぐに続けた。


「でも……この仕事、私には絶対無理だわ」


誰もが深く頷いた。空気が少し重くなったのを感じ、真由美は明るく提案した。


「重くなっちゃったね、ごめん! でも私、こういう明るい仕事もやってたんだよ。気晴らしに見る?」


スマホで別の動画を再生すると、今度はビキニ姿の女優たちがオイルまみれのリングでじゃれ合うコミカルなシーンが流れた。真由美演じる幻夢子は早々にビキニを剥ぎ取られ、「きゃっ! ちょっと、やめてよー!」と笑いながら逃げ回る。滑って転び、「うわっ、ぬるぬるすぎ!」と大げさに倒れる姿に、テーブルがクスクスと笑いに包まれた。やがて何も知らない男性スタッフがリングに引きずり込まれ、女優たちに囲まれて慌てる様子が映ると、居酒屋は大爆笑に沸いた。


「何それ! 最高!」


美鈴が腹を抱えて笑い、ルイも珍しく声を上げて笑った。動画が終わり、場の空気がすっかり和んだ。いつの間にか、セクシー女優への偏見は薄れ、女性陣は真由美を「同じ女優を目指す仲間」として自然に見つめていた。美鈴が真剣な顔で言った。


「でもさ、真由美。世間にはまだセクシー女優に偏見を持つ人も多いよ。覚悟してる?」


ルイも頷き、続けた。


「その通り。実力で認めさせるしかないわ」


真由美はまっすぐ二人を見つめ、力強く答えた。


「うん、わかってる。だからこそ、もっと演技を磨いて、セクシー女優の経歴があっても一流の女優として認められるように頑張る。幻夢子の経験を全部活かして、絶対に夢を叶えるよ。丸橋事務所から、しっかり頑張ります」


美鈴は小さく微笑み、


「……やるじゃん」


と呟いた。


ルイがグラスを軽く掲げ、言った。


「その意気よ。応援してる」


真由美と固い握手を交わす。グラスが軽く触れ合う音が、薄暗い居酒屋の片隅で静かに響いた。彼女の新たな一歩が、確かに始まっていた。

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元セクシー女優『幻夢子』の生涯 道楽仙人 @dourakusennin

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