第7話

 太鼓の音が、地面を叩いているみたいだった。

 さっきまで重たく沈んでいたゴール裏が、今は躍動している。

 声が重なり、手拍子がそろい、空気が揺れている。

 ピッチでは、フロンターレの選手たちが前を向いていた。

 それだけで、胸が熱くなる。


 後半二十分。

 サイドを駆け上がった選手が、クロスを上げた。


「来い……!」


 思わず、声が漏れる。

 ゴール前の混戦。

 敵か味方の誰かの足に当たって、ボールが跳ねた。


 ——ゴール。


 スタンドが、爆発した。

 私は、美咲と抱き合っていた。

 誰が決めたのかなんて、どうでもよかった。


「まだいける!」


 拡声器越しに叫ぶ。

 声が、さらに重なる。

 ——同点まで、あと一つ。


 しかし、時間は、容赦なく進む。

 八十分……九十分……。

 ついにロスタイムの表示が出た。


 あの日と、同じだ。

 心臓が、嫌な音を立てる。

 でも、今は逃げなかった。


「まだチャンスあるよ!!」


 私の声は、もうかすれていた。

 ラストプレーのコーナーキック。

 ゴール前に蹴られたボールは、相手ディフェンダーに跳ね返される。


 もう一度、放ったシュートもディフェンダーに当たり、ボールがこぼれる。

 そこに誰かが、必死に足を伸ばした。


 ——キャプテン!!


 つま先が、ボールに届いた。

 力無く転がったボールは、ゴールキーパーの指先をかすめ、ゴールラインを超えたところで止まった。


 一瞬、音が消えた。

 次の瞬間、等々力が揺れた。

 私は、叫んでいた。

 泣いていた。

 何を言っているのか、自分でも分からなかった。


 そして、そのまま試合は終わった。

 2―2。

 勝てなかった。

 でも——


 私は、その場に座り込んだ。

 息が、うまくできない。

 隣で、美咲も同じように座り込んでいる。


 ——これで、いい。


 そう思えたのは、初めてだった。

 結果じゃない。

 勝利でも、ましてや優勝でもない。

 でも、最後まで、声を出した。最後まで、信じた。

 それだけで、胸がいっぱいだった。

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