第2話
ステージの照明が落ちた瞬間、耳鳴りがした。
歓声が、波のように引いていく。
最後の曲を歌い切ったはずなのに、胸の奥がざわざわして落ち着かなかった。
理由は分からない。
ただ、何か嫌な予感だけが、喉の奥に引っかかっていた。
「ルナ、ちょっと来て」
楽屋に戻る途中、マネージャーに呼び止められた。
その声が、いつもより低かった。
小さな会議室には、プロデューサーがいた。
二人とも、私の目をまっすぐ見なかった。
「明日、週刊誌が出る」
プロデューサーが静に口を開いた。
「俳優の前原圭人との交際報道だ。」
一瞬、何のことか分からなかった。
「……誰ですか、それ」
プロデューサーが続ける。
「相手に、薬物疑惑がある。ネットニュースにはすでに出ている」
頭の中が、真っ白になった。
「違います!」
私は即座に言った。
「交際してないし、そんな人、知りません」
声が震えないように、必死だった。
プロデューサーは、ゆっくりうなずいた。
「君の言葉を信じている。事務所としても、事実無根だと思っている」
少しだけ、息ができた。
でも、次の言葉が、胸を打ち抜いた。
「ただ——。世間がどう反応するかは、別だ」
当面の間、活動停止。
その言葉を聞いた瞬間、ステージの照明よりも強い光が、目の前で弾けた気がした。
「……私、何もしてません」
それしか言えなかった。
「分かってるわ」
マネージャーが言う。
「だからこそ、今は耐えてほしいの」
耐える。
その言葉が、やけに重かった。
***
会議室を出たあと、誰にも会わずに帰った。
メイクも落とさず、ソファに座り込んでSNSを開く。
画面に並ぶ文字は、刃物みたいだった。
「裏切り者」
「やっぱりな」
「信じてたのに」
私は、スマホをソファに放り投げた。
みんな事実を知らないだけ。
そう分かっていても、胸が痛む。
信じてもらえない怖さを、私は知っていた。
小学生の頃、等々力で味わった、あの感覚に似ていた。
テレビをつけると、フロンターレの試合が映っていた。
もう何年も、スタジアムには行っていない。
それでも、結果だけは追っていた。
画面の端に、ゴール裏が映る。
拡声器を持った、見慣れた横顔。
「……美咲」
必死に叫ぶその姿に、胸が締めつけられた。
私は、叫ばなくなった。
信じることを、怖がるようになった。
でも、美咲は今も、あそこに立っている。
ソファの背もたれに寄りかかり、私は目を閉じた。
応援なんて、意味がない。
あの時、そう決めたはずなのに。
なぜか、その言葉が、少しだけ揺らいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます