応援なんて、意味がないと思ってた

@tama_kawasaki

第1話

 等々力のゴール裏は、私の声でいっぱいだった。

 そう錯覚するくらい、必死に叫んでいた。


「フロンターレ! フロンターレ!」


 大きすぎるユニフォームの袖をまくりながら、私は何度も跳ねた。

 隣では美咲が、子どもとは思えない声量で応援歌を歌っている。


「ルナ、同点でも優勝だよ!」


 美咲が叫ぶ。


「だから、あとちょっと! 声出そう!」


 うん、と私は何度も頷いた。

 声が枯れてもいい。喉が痛くなってもいい。

 今日だけは、勝たせたかった。

 私たちの声で。

 時計を見るたび、胸が苦しくなる。

 残り時間が減っていくのが、こんなにも怖いなんて知らなかった。


 ロスタイムの表示が出た瞬間、その長さにスタンドがざわついた。

 でも、私は信じていた。

 同点でもいい。

 このまま終われば、優勝だ。


「大丈夫! 大丈夫だから!」


 自分に言い聞かせるみたいに叫んだ。

 その直後だった。

 相手のロングボールが放り込まれ、ゴール前がぐちゃぐちゃになった。

 一瞬、誰が触ったのか分からなかった。

 気づいたときには、ネットが揺れていた。

 ——同点。


「……え?」


 声が、出なかった。

 周りの大人たちが、一斉に頭を抱える。

 誰かが「まだだ!」と叫ぶ声が聞こえた。

 まだ同点。

 それでも、優勝できる。

 私は、もう一度叫ぼうとした。


 だけど——

 再開から、ほんのわずか。

 また、ボールがゴールに向かって飛んできた。

 今度は、はっきり見えた。

 相手の選手の足。

 振り抜かれるシュート。


 世界が、音を失った。

 ホイッスルが鳴るまでの数秒が、やけに長かった。

 周りから聞こえてくるのは、泣き声と、怒鳴り声と、ため息。

 私は、その場から動けなかった。


「……同点でも、よかったのに」


 口に出した瞬間、涙があふれた。


「……あんなに叫んだのに。お願いしたのに」


 胸の奥が、ぎゅっと痛くなった。


「こんなにつらいなら……」


 私は、美咲の袖をつかんだ。 


「応援なんて、しなきゃよかった。応援に意味なんて、ないよ……」


 美咲は何も言わず、ただ私の肩を抱いた。

 その腕が、やけにあたたかかった。

 スタンドから人がいなくなっても、私たちは動かなかった。

 さっきまで歌っていた応援歌が、頭の中で空回りしている。


 あの日、私は決めた。

 もう、スタジアムでは叫ばない。

 応援なんて、しない。

 信じた分だけ、こんなに痛くなるなら。

 それが、私がサッカーから一歩、離れた日だった。


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