第12話 要塞教会と、小さな闖入者


「まて、忘れんうちに渡しておく」

 ギルドを出ようとした俺たちを、ワルダーが呼び止めた。  彼が懐から取り出したのは、二つの小袋だった。俺とザキに一つずつ放り投げてくる。  受け取ると、掌にずしりとした重みを感じた。中で硬貨が擦れ合う音がする。

「今回の盗賊討伐報酬の分け前だ。とっておけ」 「……いいのか? 俺たちはまだ正式加入前だぞ」 「構わん。命の値段に比べれば安いもんだ」

 ありがたい。こちらの通貨価値はまだ分からないが、当面の活動資金ができたことは精神的な余裕に繋がる。

「おー! サンキュー、ワルダーさん!」

 ザキは満面の笑みでお礼を言い、嬉しそうに小袋を懐にしまった。  俺たちはお辞儀をして、先に外へ出ていたリアの後を追った。


「ここにゃ」

 リアが足を止めたのは、街の北区画に鎮座する巨大な建造物の前だった。  屋根には聖印を掲げた尖塔があるが、壁は分厚い石積みで、窓は小さく、高い位置に設けられている。装飾的な美しさよりも、防御力を優先したような威圧感があった。

「……教会? というより要塞だな、これは」 「教会は大抵どこでも、有事の際の避難所として使われるから丈夫にできてるにゃ。魔物の襲撃があった時は、みんなここに逃げ込むんだにゃ」

 なるほど。信仰の場であると同時に、シェルターの役割も兼ねているわけか。合理的だ。  俺たちは重厚な扉をくぐり、中へと進んだ。

 堂内はひんやりとした空気に包まれていた。  ちらほらと祈りを捧げる信者らしき人々の姿が見える。  俺は奥の祭壇付近に、明らかに周囲とは違う、豪奢な刺繍入りの法衣を纏った初老の男が立っているのを見つけた。

「あの人が偉そうだな。……すいません、ちょっといいですか?」 「む? どうされたかの?」

 声をかけると、神官らしき老人は穏やかな顔で振り返った。

「俺たち、職(ジョブ)が欲しくてここに来たんですが、どうすればいいですか?」

 右も左も分からないので、素直に聞くのが一番だ。  老人は俺とザキの姿――人狼と、赤髪の偉丈夫を一瞥し、深く頷いた。

「ふむ、迷える子羊……というわけではなさそうじゃな。ジョブの獲得、あるいは変更(転職)ですな。それでは、奥の『洗礼の間』へ――」

 老人が案内しようと言いかけた、その時だった。

「神官長。その二人の案内は、ボクがするよ」

 どこからか、鈴を転がすような、しかし妙に響く声が割り込んだ。

「ニャッ!?」

 隣でリアが短く悲鳴を上げた。  見ると、彼女の尻尾の毛がブラシのように逆立ち、耳がペタリと伏せられている。明らかに怯えている、あるいは警戒している反応だ。

「……?」

 声のした方を見る。  太い石柱の陰から、一人の人物が歩いてくるところだった。  小柄だ。年齢は十代前半に見える。  サラサラとした銀色の髪に、色素の薄い瞳。ゆったりとした白い神官服を着ているが、少年なのか少女なのか判別がつかない、中性的な容姿をしていた。

「……何者だ?」

 俺は目を細めた。  ただの子供ではない。リアの反応もそうだが、この子供が歩いてくると、周囲の空気がピンと張り詰めるような圧迫感があったからだ。

 子供は俺たちの前で立ち止まり、面白そうなものを見る目でニッコリと微笑んだ。

「ようこそ、異界の魂たち。……いや、『迷い人』と呼ぶべきかな?」



「ボクの名前はエーベルライト。エーベって呼んでくれて構わないよ」

 その少年――エーベが名乗った瞬間、場の空気が変わった。  先ほどまで威厳を保っていた神官長である爺さんが、まるで糸が切れたように膝を折り、うやうやしく額を床に擦り付けたのだ。  それだけではない。周囲にいた他の神官や信者たちも、一斉にその場に平伏した。

「……おいおい、マジかよ」

 ただの偉いさんじゃない。これは、もっと別の「絶対的な何か」に対する反応だ。  エーベは周囲の反応など気にも留めず、ニコニコと俺たちを見上げている。

「ここでは落ち着いて話せないし、こちらへ」 「あ、ああ……」

 俺は引きつった笑みを浮かべて頷いた。確かに、全員土下座している状況では会話もできない。  俺は、今にも泡を吹いて倒れそうなリアを振り返った。

「リアさん、ここで待っててくれ。俺たちだけで行ってくる」 「ザキ、行こう」

 リアはコクコクと、目にも止まらぬ高速で頭を縦に振った。本能が「ここから離れたい」と叫んでいるようだ。  俺とザキは、踵(きびす)を返して歩き出したエーベの背中を追った。


 通されたのは、礼拝堂の奥にある豪奢な特別室だった。  エーベはソファに深々と腰掛け、足をぶらぶらさせながら口を開いた。

「単刀直入に言うとね、上司からキミたちの事を頼まれていてね」 「上司?」 「ザキ、多分転生時の神様だ」

 俺が助け舟を出すと、エーベは「そそ」と指を鳴らした。


「破壊神『ルイナ』様ですね」 「……あの神様、そんな名前だったんか、破壊神??」

   

「まあ名前はどうでもいいとして。……キミたち、ジョブが欲しいんだよね?」

 エーベが部屋の隅にある台座を指差した。  そこには、人の背丈ほどもある巨大なクリスタルが鎮座しており、内側から淡い光を放っている。

「このクリスタルに手を当ててみて。加護をいただいた神様の司るものに準じて、適正のあるジョブが取得できるから。さあ、やってみて」 「おおっ! いよいよか!」

 ザキが腕まくりをして進み出る。俺も横に並んだ。  いよいよだ。これで正式にジョブに就けば、俺の『魔導士』としての能力も開花するはず。

「いくぜ!」 「よし」

 俺たちは同時に、冷たいクリスタルの表面に手を押し当てた。  ブォン……と低い音が鳴り、クリスタルの中に光の文字が浮かび上がる。  それは、俺たちが選択可能なジョブの一覧(リスト)だった。

【選択可能ジョブ一覧】

神殺し

狂戦士(バーサーカー)

ひよこ雌雄選別士

「…………は?」

 俺は目をこすった。  もう一度見た。

ひよこ雌雄選別士

 なんだこれは。魔法使いの「ま」の字もないぞ。  あのクソ神、破壊神だったな。  破壊(神殺し)、破壊(狂戦士)。ここまでは分かる。  なぜ「ひよこ」だ? 命の選別ってことか? それとも破壊と創造の暗喩か? ふざけるな!

「お! すげぇ名前のがあるぞ!」

 俺が絶句している横で、ザキが迷いなく指差した。

「『神殺し』だってよ! 神様をぶっ飛ばせるってことか? 最高に強そうじゃねぇか!」 「あ、おいザキ……その名前は流石に不敬じゃ……!」

 止める間もなかった。  ザキが項目をタッチすると、クリスタルがカッと強く輝き、彼の体に赤い光が吸い込まれていく。  これでジョブ決定だ。まあ、あいつの気性には合っているのかもしれないが。

 問題は俺だ。  残された選択肢を見る。

狂戦士(バーサーカー)

ひよこ雌雄選別士

 ……詰んだ。  狂戦士になって理性を失うか、ひよこを選別するおっさんになるか。  どちらを選んでも、俺の目指す「魔法を使ってスマートに戦う」未来は崩壊する。

「あー、エーベ様? 神様?」

 俺は脂汗を流しながら、ソファでニヤニヤしている少年神を振り返った。  こいつ、絶対楽しんでやがる。

「この一番下の……『ひよこ』ってのは、何かの冗談ですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染が異世界で脳筋係だったので、俺はツッコミ係になった ~相棒が無茶しか言わない~ @hakuro01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ