第11話 ギルドの受付と、プライバシーポリシー


「私は冒険者ギルド職員のマリエラです。シンさんにザキさんですね、何か困ったことや分からないことがあれば、いつでも声をかけてくださいね」

 担当してくれた受付のお姉さん――マリエラさんは、営業スマイルを絶やさずにそう言った。  美人だが、どこか隙がない。プロの接客だ。

「では、新規登録ですね。こちらの登録用紙にご記入いただけますか?」

 マリエラさんがカウンターの下から取り出し、俺たちの前に差し出したのは、一枚の紙だった。  羊皮紙のようなゴワゴワしたものではない。漂白された、繊維の整った「紙」だ。  ここには製紙技術はある程度伝わっているらしい。俺は添えられたインク壺と羽根ペンを手に取り、用紙に目を落とした。

 異世界の言語だが、脳が勝手に翻訳しているのか、問題なく読める。  試しに端の方に少し線を引いてみる。書ける。読み書きのスキルは標準装備らしい。

「えーと、名前と……年齢……血液型……所属……?」

 項目はシンプルだ。まるで役所の申請書だな。  ザキは既に「名前:ザキ 年齢:16」とミミズがのたうったような字で書き殴っている。  羽根ペンの扱いに慣れていないのか、指先がインクで汚れていた。

「あの、所属っていうのは?」 「現在は『無所属』ですので、空欄で構いませんよ。今後パーティを組んだり、クランに入ったりした際に更新してください。不明な箇所は『不明』と書いていただければ大丈夫です」 「なるほど」

 俺は羽根ペンをインクに浸し、サラサラと文字を走らせる。  そこで、一番気になっていたことをさりげなく聞いてみた。

「ジョブとかスキルは、申告しなくていいんですか?」

「はい、必要ありません。ギルドカードはあくまで『ギルド員である証明』と『クエスト履歴・戦歴』等を管理するためのものですから」

 彼女はニッコリと微笑み、補足した。

「ジョブやスキルといった個人の能力(ステータス)は、パーティを組む際にメンバー同士で話し合っていただく形になります。冒険者の中には『斥候技能を持ってる戦士』の方や、『鍵開けやトラップ解除が得意なヒーラー』の方もいらっしゃいますから。ギルドが枠組みを決めつけることはしない方針なんです」

「ふーん、なるほどねぇ」

 俺は感心しながら頷いた。  つまり、「個人情報保護」と「多様性の尊重」だ。  ステータス至上主義で「お前は戦士だから魔法を使うな」と強要されるより、よほど合理的で現代的だ。  これなら、俺が「魔法が使えない(物理)魔導士」でも、文句は言われないわけだ。

「よし、書けたぞ」

 俺は記入済みの用紙をマリエラさんに返した。

「はい、確かに」

 マリエラさんが受け取ると、再び何もない空間を指で叩き始めた。  パチパチパチ、と空中キーボードを叩く軽快な音が響く。  そして、先ほどの光るお盆――カードリーダーのような魔道具の上に、二枚の銀色のプレートを置いた。

 ピロン、という電子音が鳴る。

「これで登録完了です。ようこそ、アーデルハイト冒険者ギルドへ」

 手続き完了を告げるマリエラさんの笑顔は、背後のARウィンドウの光を受けて、より一層眩しく見えた。


「登録は完了しましたが、お二人はまだ実績のないFランク(初心者)です」

 マリエラさんは真剣な表情で、これからの活動についてアドバイスをくれた。

「初心者の方は、まずは街中の雑用クエストか、街近郊での薬草採集クエストをお勧めしてます。戦闘のリスクが少なく、地理を覚えるのにも適していますから」

 なるほど、堅実だ。いきなりドラゴン退治とはいかないわけだ。  俺が頷いていると、彼女はもう一つの選択肢を提示した。

「もしくは、ギルド公認のベテランパーティの『徒弟(アプレンティス)』として、パーティメンバーに加入していただくのもお勧めです。先輩冒険者から実地でノウハウを学べますし、安全面も保証されます。どちらもギルド側からご紹介できますが?」

「ふむ……」 「シン、どうする?」

 ザキが俺の顔を見る。  安全策を取るなら徒弟制度だが、見ず知らずの他人の下につくのは気疲れしそうだ。特にザキの性格だと、先輩と揉める可能性が高い。  俺が返答を考えようとした、その時だった。

「ザキたち、俺たちのパーティに来ないか?」

 横から低い声が響いた。ワルダーだ。  彼は腕組みをして、真っ直ぐに俺たちを見ていた。

「お前たちなら歓迎するぞ。実力はすでに証明済みだし、何より俺たちの命の恩人だ」 「そうニャ! ちょうど二人休養でメンバーが足りなくなるニャ。人数合わせとしても、ちょうどいいにゃ」

 リアが尻尾を揺らしながら補足する。  『風のしっぽ』は五人パーティ。二人が負傷離脱すれば、活動に支障が出る。そこへ俺とザキが入れば穴埋めができる。まさに渡りに船だ。

「ザキ、いいか?」 「おう! 俺は構わねぇぞ! よろしく頼むぜ、ワルダーさん、リアさん!」

 ザキは即答し、ニカッと笑った。  俺は一つだけ、気になっていた点を確認することにした。

「ワルダー、一つ確認だ。ザキは人間だぞ。そっちは全員獣人のパーティみたいだが……ザキは尻尾がなくても大丈夫か?」

 今の俺は人狼(ライカンスロープ)なので見た目は馴染むが、ザキは完全なヒューマンだ。種族間の壁や、パーティ内の結束に水を差さないか心配だったのだが。

「別に構わないよ」

 ワルダーは苦笑して、かぶりを振った。

「俺たちは種族で仲間を選んでるわけじゃない。信頼できるか、背中を預けられるか。それだけだ」 「……そうか。愚問だったな」

 俺は居住まいを正し、ワルダーに手を差し出した。

「じゃあ、しばらくお世話になります」 「ああ、こちらこそ頼む」

 ガシッ、と固い握手を交わす。  分厚く、マメだらけの手のひら。歴戦の戦士の手だ。この男の下なら、異世界のイロハを学ぶには最適だろう。

「で、シンとザキはこれからどうするニャ? うちらは一回治療院に戻って、それからホームに戻るニャ」 「あー、そうだな……」

 俺はギルドカードをポケットにしまいながら尋ねた。

「神殿はどこにあるかな? まずは職(ジョブ)を取得しておきたいんだが」

 魔法が使えない魔導士のままでは、戦力として不安が残る。早急に「インストール」を済ませたい。

「神殿か。なら――リア、案内してやれ」 「了解ニャ!」 「あと、今晩泊まるところを決めてないなら、俺たちのギルドホームに空き部屋があるからそこを使え。歓迎するぞ」

 ワルダーの提案に、俺は心底ホッとした。  宿探しと金策の心配まで解消されるとは。何から何まで至れり尽くせりだ。

「ありがとう、ワルダーさん。恩に着る」 「気にするな。仲間だろ?」

 ワルダーは片手を上げて治療院の方へ歩いて行った。  残されたリアが、元気よく俺たちの手を取った。

「じゃ、まずは神殿に出発ニャーー!

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