第10話 報酬と、冒険者への道


 治療院の外にあるベンチで待っていると、入り口の扉が開き、ワルダーとリアが出てきた。  二人の顔からは、先ほどまでの悲壮感は消え、深い安堵の色が見て取れる。

「どうだ?」

 ザキが立ち上がり、真っ先に尋ねた。  ワルダーが大きく一つ頷く。

「ああ、しばらく入院が必要だが……生命に別状はないそうだ。傷口の塞がりも順調で、あとは体力の回復を待つだけだと医者が言っていた」 「そっか、よかったぜ! あんな血が出てたからヒヤヒヤしたけどな!」

 ザキが我が事のように喜んでいる。  俺も胸をなでおろした。異世界に来て早々、目の前で死なれるのは寝覚めが悪い。自分の処置(物理)が役に立ったなら何よりだ。

「ここはミミコッテが付きっ切りで見ててくれるニャ。わたしたちは、ギルドに今回の件を報告しに行くニャ」

 リアがそう言って、少し視線を彷徨わせた後、俺たちに向き直った。

「シンとザキは、この後どうするニャ?」 「俺たちか? そうだな……」

 宿も決まっていないし、そもそもこの街の通貨(金)も持っていない。  俺が今後の身の振り方を考えようとした時、ワルダーが割り込んできた。

「お前たちには、盗賊討伐の褒賞が出る。命を救ってもらった恩に比べれば微々たるものかもしれんが、受け取ってほしい。一緒に来てくれ」 「褒賞か、それは助かる」

 渡りに船だ。無一文での異世界ライフはハードルが高すぎる。  それに、俺にはもう一つ確認したいことがあった。

「そのついでに聞きたいんだが……俺たちも冒険者登録をしたいと思っている。俺たちのような身元不明のよそ者でも、すぐになれるものなのか?」

 俺の質問に、ワルダーは俺とザキの姿を交互に見て、フッと笑った。

「冒険者ギルドはいつでも新規募集してる。来る者は拒まず、去る者は追わずだ。それに……」

 ワルダーは、俺の手(野盗を突き倒した手)と、ザキの筋肉を見やった。

「あれだけの腕っぷしがあるんだ。お前たちなら、何の問題もなく登録できるだろうよ」 「そいつはいいこと聞いたぜ! 行こうぜシン! ギルドって響きだけでワクワクするな!」

 ザキが既に歩き出そうとしている。  俺は苦笑しながら頷いた。

「ああ。まずは職(ジョブ)に就かないとな」 「ん? 金稼ぎか?」 「それもあるが……俺の場合は、システム(魔法)のインストールが必要なんでな」

 こうして俺たちは、ワルダーたちの案内で、この街の冒険者ギルドへと向かうことになった。


 冒険者ギルドの重厚な扉をくぐると、そこは熱気と喧騒に包まれていた。  木製のテーブルが並ぶ広いホールでは、強そうな武器を背負った男たちが酒を飲んで笑い合い、壁に貼られた依頼書(クエストボード)の前では、若者たちが真剣な顔で議論を交わしている。  いかにもファンタジーな光景だ。……ここまでは。

「『風のしっぽ』のワルダーだ、クエスト報告を頼む」

 ワルダーは周囲の視線を気にも留めず、まっすぐ正面のカウンターへと向かい、受付の職員に声をかけた。  対応したのは、制服に身を包んだ快活そうな女性職員だった。

「冒険者チーム『風のしっぽ』のワルダー様ですね。お疲れ様です」

 彼女は慣れた手つきでカウンターの下から何かを取り出した。  それは、表面がうっすらと青白く発光している、クリスタルのような素材でできた平たい「お盆」のような器具だった。

「では、メンバーのギルドカードをこちらにお願いします」

 言われるままに、ワルダーとリアが懐から金属製のプレートを取り出し、その光るお盆の上に乗せる。  すると、「ピロン」という軽快な電子音が鳴った。  ……電子音?

 俺が耳を疑う間もなく、受付のお姉さんが何もない空中へ指を走らせた。  パチパチパチ、と空気を叩く音がする。  次の瞬間、彼女の目の前に半透明の光の板――ウィンドウが展開された。

「すげぇ! 何これ!?」

 ザキが目を丸くして身を乗り出した。  空中に浮かぶ文字の羅列。それは紛れもなく、現代のPC画面やタブレットのUIそのものだった。

「……AR(拡張現実)表示みたいだな」

 俺も思わず呟いていた。  石造りの建物、剣と鎧、そして空中に浮かぶホログラム・インターフェース。  時代設定がバグっているとしか思えない光景だが、これこそが「三十年前の転生者」たちが残した爪痕なのだろう。

「はい、認証完了しました。依頼内容は『商隊の護衛』でしたが……緊急事態発生のフラグが立っていますね」

 受付のお姉さんは、ザキの反応にクスリと笑いつつも、淡々と空中のキーボードを叩いていく。

「野盗の襲撃を受け、負傷者あり。ですが討伐自体は完了……と。こちらの報告でよろしいですか?」 「ああ。そこにいる二人の助太刀のおかげでな」

 ワルダーが俺たちを指差す。  お姉さんの視線が、興味深そうに俺とザキに向けられた。

「新規の方ですか? ギルドカードのID信号が検出されませんが」 「ああ、これから登録するところだ。彼らは俺たちの命の恩人でな。紹介扱いで頼めるか?」 「ええ、もちろん! ワルダーさんの紹介なら身元保証はバッチリですね」

 お姉さんは空中のウィンドウをスワイプして消すと、ニッコリと微笑んだ。

「では、まずは『風のしっぽ』様への報酬精算を行います。その後に、お二人の新規登録手続きを始めましょうか」

 どうやら、文明の利器(魔法技術)のおかげで、話はスムーズに進みそうだ。  俺はザキの脇腹を小突いた。

「おいザキ、口を閉じろ。田舎者丸出しだぞ」 「だってよぉシン! 今の見たか? 空中に画面だぞ! SFじゃんか!」 「ここは異世界だ。魔法があればSFも可能ってことだろうよ」

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