第9話 魔法の定義と、顔パス入国


 俺たちは手分けして、重傷のワールとミーナ、そして治療を続けるミミコッテを馬車の荷台に乗せた。  御者台にはワルダーが座り、俺とザキ、リアは荷台の縁や空きスペースに乗り込む。

「捕まってろ! 出すぞ!」

 ワルダーが手綱を振るい、馬車が動き出す。  車輪が街道を噛む音が響く中、ザキが並走するような位置に座るリアに尋ねた。

「どの位で街に着ける?」 「急げば二、三時間で着けるニャ」 「二、三時間か……」

 俺は荷台の中で、必死に『ヒール』を掛け続けているミミコッテに視線を移した。彼女の額には脂汗が滲んでいる。魔力切れが近いのかもしれない。

「間に合いそうか?」 「はい、おそらくは……。あの、ありがとうございました」

 ミミコッテが顔を上げ、深々と頭を下げた。  本来なら俺が答える場面だが――。

「気にすんな! 通りがかったついでさ!」

 俺の代わりに、ザキがニカッと笑って答えた。  まあいい。こういう光属性の対応はあいつに任せておけば間違いない。俺はもっと実利的な情報を集めるとしよう。

 しばらく馬車に揺られ、少し落ち着いたタイミングで、俺はずっと気になっていた疑問をぶつけてみた。

「なぁ、魔法ってどうやって使うんだ?」

 その場の空気が一瞬止まった。  リアがジト目でこちらを見てくる。

「……魔法使いの質問じゃないニャ。ふざけてるのかニャ?」 「いや、大真面目だ。記憶喪失……というわけじゃないが、あの一撃(マジック正拳突き)以来、魔力の練り方を忘れてな」

 苦しい言い訳だが、リアは「変な奴」という顔をしつつも答えてくれた。

「うちは知らないニャ。魔法使いに聞くニャ」 「そうか。そっちの神官殿はどうだ?」

 俺が目線をミミコッテに向けると、彼女は申し訳なさそうに首を振った。

「わ、私は神聖魔法使いなので……神に祈りを捧げて奇跡を借り受ける形式なんです。貴方のような攻撃魔法の行使理論とは、根本的に違うというか……」 「なるほど。OSが違うようなものか」

 ミミコッテの視線が、意識を失って横たわっている猫耳の少女――魔導士のミーナに向けられる。

「この子が目覚めれば、あるいは……」 「ふむ。目覚める頃には街に着いてるな」

 やはり、マニュアル不在の状態は続くか。  俺が腕組みをして唸っていると、御者台から背中越しにワルダーの声が飛んできた。

「神殿で魔法使い系統の職(ジョブ)に就けば、技能(スキル)として使い方が頭に入ってくると聞いたことがあるな」 「ジョブかぁ……」

 やはりそこに行き着くわけか。  まずは正規の手続きを踏んでシステムに登録しないと、この『魔法マスタリ』というアプリは起動しないらしい。  やれやれ、異世界でも資格社会とは世知辛い。

 そんな話をしているうちに、景色が変わってきた。  草原の先に、巨大な石積みの城壁がそびえ立っているのが見えてくる。

「もうすぐ着くニャ」

 リアが立ち上がり、前方を指差した。  要塞都市アーデルハイト。近くで見ると圧巻だ。城壁の前には長い行列ができている。商人や旅人が入街審査を待っているようだ。

「うわ、並んでるなぁ。あれじゃ日が暮れるぞ」

 ザキがげんなりした顔で言う。  だが、リアは尻尾をピンと立てて首を横に振った。

「うちらはあっちニャ」

 リアが指差したのは、行列の横にある別の門。そこは誰も並んでおらず、警備兵が厳重に見張っている通用口のような場所だった。  ワルダーは速度を落とさず、その門へ馬車を寄せていく。

「止まれ! ここは許可証のある者か、緊急車両のみだぞ!」

 警備の兵らしき男が槍を構えて声をかけてくる。  ワルダーが大声で怒鳴り返した。

「『風のしっぽ』のワルダーだ! 怪我人がいる! 緊急だ!」 「『風のしっぽ』? ……おお、ワルダーか!」

 どうやら顔なじみのようだ。兵士は馬車の荷台を覗き込み、血まみれのワールたちを見て顔色を変えた。  そして、俺とザキに見慣れない顔だという視線を向けるが――。

「こっちの二人は我らの連れだ! 命の恩人なんだ、通してくれ!」 「分かった! 大丈夫か? すぐ行け!」

 兵士は合図を出し、即座に門を開けさせた。  身分証の提示も、持ち物検査もなし。  いわゆる「顔パス」だ。

「ありがたい!」

 馬車は行列を尻目に、石畳の街路へと滑り込んだ。  活気のある街並みが流れていくが、観光している暇はない。

「そのまま治療院へ向かうぞ! しっかり掴まってろ!」

 俺たちはひとまず、入国という最初のハードルを(なし崩し的に)クリアし、治療施設へと急行した。

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