第7話 これが異世界の魔法(物理)だ


 ザキが野獣みたいに吠え、野盗を殴り飛ばす。だが数はまだ多い。囲まれれば面倒だ。

 俺は援護……という名の、時間稼ぎを狙って叫んだ。


「ザキ! 魔法を使う、避けろ!」


 大きく足を開き、右手を突き出して“それっぽい構え”を作る。

 反応したのはザキだけじゃなかった。野盗たちの顔が引きつる。


「ッ!? ま、魔導士か!」

「ヤベェ、範囲魔法来るぞ!」


 いい。魔法という単語だけで相手が止まる。この世界の常識は――使える。


 ……問題は、次だ。


「ザキ、……ザキ?」

「ああん? なんだよシン、早く撃てよ!」

「……魔法って、どうやって使うんだ?」

「……は?」


 ザキがポカンと口を開ける。

 俺も、真顔で頷くしかない。


「……わかんない」


 一瞬の沈黙。

 俺の手からは火も水も出ない。ただのそよ風が、情けなく指先を撫でるだけ。


「おい……何も起きねぇぞ?」

「ハッタリだ!」

「騙しやがったな! やっちまえ!!」


 羞恥と怒りで真っ赤になった野盗が、一斉に俺へ殺到してきた。剣、斧、棍棒。四方から迫る刃。

 ――チッ。


「クッソ。こうなったらヤケだ!」


 魔法が使えないなら、魔法っぽい名前を叫んで殴ればいい。

 俺は踏み込み、腰を落とす。


「くらえ! 『マジック・正拳突き』!!」


 ドゴォッ!

 先頭の鳩尾に拳が沈み、男が“ぐおっ”と息を吐き出して崩れ落ちた。


「なっ!?」

「次は貴様だ! 『マジック・大外刈り』!!」


 襟と袖を掴み、足を払う。

 ズドォォン! 二人まとめて石畳に叩きつける。受け身? そんなものは知らん。


「ふざけんな! どこが魔法だ!」

「うるさい! 黙ってろ!」


 最後に残った大柄な男が大剣を振りかぶる。

 紙一重でかわし、懐へ。神詠一灯流の“中心線”を思い出す。


「奥義――『マジーーック! 正中線三段突き』!!」


 ドッ、ドッ、ドォン!

 鼻梁、喉、水月。中心線の急所を三連で撃ち抜く。巨漢が音もなく崩れ落ちた。


「ふぅ……」


 残心。息を整える。

 周囲には泡を吹いて倒れた野盗の山。静寂が戻る。


 ザキが、心底呆れた顔で俺を見る。


「……あれが、この世界の魔法か……」

「そうだ。無詠唱(物理)だ。文句あるか」

「ねぇよ……強すぎるわ……」


 背後で、獣人たちがぽかんと口を開けて固まっている気配がした。

 ――初手から、だいぶ誤解を植え付けた気がする。

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