第4話 殺された理由と、腐れ縁

「キャラメイク完了だ」

 俺は画面右下の『決定』ボタンを押した。  ウィンドウが粒子となって消えていく。これで準備は整ったらしい。

「うむ、良い仕上がりじゃ。では、そろそろ出発してもらうとしよう」

 神様が退屈そうに欠伸を噛み殺しながら手を振る。  俺は慌てて、隣の親友に向き直った。

「おい待てザキ。最後に一つだけ聞いておきたい」 「ん? なんだよシン」 「お前が持ち込んだ『望むもの』ってのは何だ? ダクトテープじゃないなら、一体何を選んだ?」

 向こうに行けばすぐに分かることかもしれないが、こいつが何を頼りにしているのか知っておきたかった。  ザキはニカッと笑い、迷いのない瞳で俺を指差した。

「決まってんだろ。『お前』だよ、シン」

 ……は?  俺は数秒間、言葉を失った。

「……俺?」 「そう、お前だ」 「俺はモノじゃねぇぞ! 人間だ!」 「細かいことはいいんだよ! いいかシン、よく聞け」

「いや聞くのはお前だザキ」

 俺はザキの言葉を遮り、低い声で告げた。  脳内でパズルが組み上がる。トラック四台。不可解な多重衝突。そして「持ち込みアイテム」としての俺。

「その説明だと、俺は殺された事になるんだが、これについてお前はどう思う?」

 俺が詰め寄ると、ザキは「あー……」と視線を泳がせた。

「き、気のせいじゃねぇかな?」 「気のせいなわけあるか! さっき神様が言ってたぞ、『ザキの要望で』ってな! つまりお前が『シンをくれ』って頼んだ瞬間に、俺の元にトラックが派遣されたってことだろうが!」 「いやぁ、俺もまさか四台行くとは思わなくてさ! 確実に仕留めてくれとは言ったけど!」 「確実に仕留めてくれ、だとぉ!? この人殺し!」

 俺はザキの胸倉を掴んで揺さぶった。

「ふざけんなよ! 俺にだって生活があったんだぞ! 来週は大事な会議があったし、家のローンだってあと五年残ってたし、楽しみにしてた限定版の酒だって届くはずだったんだ!」 「でもよぉ! 楽しかったか? その生活」

 ザキが真剣な眼差しで、俺を見返してきた。  俺の手が止まる。

「……え?」 「俺が死んでからの三十年、お前はずっと死んだような目をして生きてたじゃねぇか。ここから見てて、つまんなそうだったぞ」 「それは……」 「だからよ、リセットしようぜ。どうせ独り身で、会社と家の往復だけの人生だろ? なら、俺と一緒に異世界で馬鹿やった方が、絶対面白いって!」

 根拠のない、けれど圧倒的な自信に満ちたザキの言葉。  俺は胸倉から手を離し、大きな溜息をついた。

 ……否定できないのが、癪(しゃく)だ。  確かに俺は疲れていた。五十を過ぎ、出世コースからは外れ、家族もおらず、ただ漫然と生きるだけの日々。  それに比べて、目の前の親友はどうだ。  三十年前と変わらない、熱くて、強引で、眩しいほどの馬鹿。

「はぁ……。お前は本当に、昔から勝手な奴だな」 「へへっ、知ってる!」 「トラック四台分の慰謝料、高くつくぞ」 「おう! 異世界で稼いで倍にして返してやるよ!」

 俺は頭を掻いた。  殺された文句は山ほどあるが、もう死んでしまったものは仕方がない。  それに――こいつの隣にいると、不思議と退屈だけはしないのだ。

「分かったよ。付き合ってやる。……その代わり、俺が死なないようにしっかり守れよ」 「任せとけ! 俺の背中は最強だ!」

 ザキが嬉しそうに俺の背中を叩く。  その様子を眺めていた神様が、満足げに頷いた。

「カッカッカ! 交渉成立じゃな。では、その『最強のセット』とやらで、精々足掻いて見せよ!」

神様はそう言って指を鳴らそうとしたが、ふと思い出したように手を止めた。

「ああ、そうじゃ。忘れるところじゃった」

 神様が懐から二枚のコインを取り出し、ピンと指で弾いた。  ヒュン、ヒュン、と空気を切り、一枚は俺に、もう一枚はザキに向かって飛んでくる。  反射的に受け取ると、それは白銀色に輝くコインだった。

「……なんだこれ?」 「お年玉か?」

 ザキがコインを噛んで確かめようとしている。汚いからやめろ。

「それは『釣り』と『オマケ』じゃ。若造(シン)、お主の魂は安かったからな、差額の釣りじゃよ。筋肉(ザキ)、お主のはサービスじゃ」 「……はあ。俺の魂、そんなに安いのか」

 俺が呆れていると、神様はニヤリと意地悪く笑い、声を低くした。

「よいか。心して聞け」 「そのコインを『守り抜くこと』。それがお主らの異世界での唯一絶対の目的(クエスト)じゃ」 「え?」 「なくしたり、奪われたりすれば……カッカッカ、どうなるかはお楽しみじゃな」

 背筋に悪寒が走る笑い方だった。  ただのアイテムじゃない。これは、厄介な爆弾か何かだ。

「おい待て、説明が足りんぞ! どうなるんだ!?」 「おう! 任せとけ! このコインが俺たちの命綱ってことだな! 絶対に守ってみせるぜ!」

 ザキは深く考えずに親指を立ててコインを懐にしまった。こいつ、絶対「お楽しみ」の意味をポジティブに捉えてやがる。

「では、達者でな。」


 意味がわからず、俺はとりあえずコインをポケットにねじ込んだ。  神様が高笑いし、今度こそ指を鳴らす。  瞬間、足元の白い床が消失した。

「うわああああっ!?」 「ひゃっはー! 行くぜシン! 俺たちの冒険の始まりだあああ!」

 落下する浮遊感の中、俺は覚悟を決めた。  理不尽な死を受け入れ、共犯者(ザキ)と共に地獄へ――いや、異世界へ。  こうして、俺のセカンドライフは、最悪で最高の相棒と共に幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る