第8話 神に至りし剣と、ぬいぐるみ扱いされる夜
第8話 神に至りし剣と、ぬいぐるみ扱いされる夜
エリアルは、その大剣を抱えたまま家路についた。
身長の倍はあろうかという巨大な剣を背負っているというのに、通りを歩く足取りは軽い。重さでふらつく様子も、肩をすくめる様子もなかった。
「……いい剣だわ」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟く。
剣を背負っているというより、まるで長年使い慣れた相棒を連れて歩いているかのような感覚だった。しっくりくる。違和感がない。それどころか――
(なんだか……落ち着く)
不思議な感覚だった。
剣というのは、持ち主を選ぶと言われる。だが、この剣はまるで最初からエリアルの手に収まることを知っていたかのようだった。
屋敷に戻ると、エリアルはすぐ自室に籠もった。
使用人たちが何か言いたげな視線を向けてきたが、今はそれどころではない。
「ふふ……」
部屋の中央に剣を立てかけ、エリアルはしばらく眺めていた。
薄暗い部屋の中で、刀身は淡く光を反射している。派手な装飾はない。それなのに、目を離せない。
「……やっぱり、キレイ」
思わず、頬が緩む。
エリアルは剣に手をかけ、ゆっくりと鞘から引き抜いた。
すうっと、澄んだ音。
空気が変わった。
刀身が露わになった瞬間、部屋の中の気配が一変した気がした。重圧でも威圧でもない。ただ、静かで、澄んだ存在感。
「……はぁ……」
感嘆のため息が、自然と漏れる。
「むふふ……何度見ても、キレイ……」
エリアルは剣を鞘に収め、また抜く。
抜いては眺め、収めては微笑む。
完全に怪しい。
「こんなにキレイなら、折れないわよね……? ね?」
問いかける相手は、もちろん剣だ。
返事など返ってくるはずもない――そう、思っていた。
そのときだった。
「……私も、君のような主に抜かれたのは久しい」
「――――――――――――――え?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
今、誰か喋った?
部屋にはエリアルしかいない。窓も閉まっている。廊下も静かだ。
ゆっくりと、視線を剣へ落とす。
「………………」
「……聞こえているな?」
「ぎゃあああああああああああ!?!?」
エリアルは、文字通り飛び上がった。
ベッドの上まで一気に後退し、剣を指差す。
「け、け、け、剣が! 剣がしゃべったぁぁぁぁ!!」
「落ち着け。叫ぶな。鼓膜があるなら痛かろう」
「知らないわよそんなの!? そもそも剣に鼓膜あるの!?」
心臓が跳ね回る。喉がひくひくする。
だが、不思議なことに――恐怖は、なかった。
声は落ち着いていて、低く、古風で、それでいて不思議と安心感がある。
「私は神に至りし剣、神威」
「……か、神威?」
「そう呼ばれている」
エリアルは、恐る恐るベッドから降り、剣に近づいた。
「……神剣?」
「正確には“神に至った剣”だ」
「……ややこしい」
混乱はしているが、逃げ出す気にはならなかった。
「えっと……しゃべる剣さん?」
「神威だ」
「……神威さん」
呼んでみる。
それだけで、なぜか胸の奥が少し温かくなった。
「私を抜くことができた者は、君を含めて三人だけだ」
「三人……?」
エリアルは剣を見つめる。
「ねえ、神威さん」
「なんだ」
「……折れない?」
「折れぬ」
即答だった。
「本当に?」
「君の力でも、な」
その言葉に、エリアルの目が輝いた。
「……すごい……」
次の瞬間、彼女は剣を抱きしめていた。
ぎゅう、と。
まるで大きなぬいぐるみを抱くように。
「うへへ……やっと……やっと、折れない剣……」
「……」
「ねえねえ、これからずっと一緒よ? いっぱい振るからね?」
「……好きにするがいい」
神威の声は、どこか諦めにも似ていた。
だが、拒絶はなかった。
そのまま、エリアルはベッドに倒れ込む。
神威を胸に抱いたまま。
「今日は……いろいろあったから……」
まぶたが、ゆっくりと落ちていく。
安心感に包まれながら、エリアルは眠りに落ちた。
規則正しい寝息が聞こえ始めてから、しばらくして。
「……私をぬいぐるみ扱いしたのは……君が初めてだ」
小さく、神威は呟いた。
その声には――ほんのわずかに、愉しげな響きが混じっていた。
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婚約破棄されたので剣と結婚しましたが、 元婚約者が勝手に闇落ちしてます みずとき かたくり子 @yuru2025
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