第5話 鍛錬休みの日と、折れない剣の行方
第5話 鍛錬休みの日と、折れない剣の行方
その日は、珍しく鍛練のない日だった。
コクーン公爵家の訓練場は、いつもなら朝から剣戟の音が響いているのだが、今日は妙に静かだ。
エリアルは自室のベッドに腰掛け、壁際に無造作に立てかけられた“折れた剣の残骸”を眺めて、小さくため息をついた。
「……また、増えちゃったわね」
柄だけになった剣、途中でへし折れた刃、無惨に曲がった刃先。
どれも、つい最近まで“新品”だったものばかりだ。
別に乱暴に扱っているつもりはない。
剣の理に従い、型通りに振り、師匠の教えを守っている。
――それでも折れる。
剣が悪いのか、自分が悪いのか。
答えは、わかっている。
「……私が、強すぎるのよね」
ぽつりと呟いた声は、誰にも聞かれなかった。
エリアルは立ち上がり、木製の簡素な剣掛けから木の枝を一本取った。
このところ、毎日のように振っている枝だ。
軽く素振りをする。
空気が、震えた。
――師匠の言葉が、脳裏によみがえる。
『エリアル。剣よりも強い力を持つ者は、剣を壊す』 『力の制御を覚えなければ、この先はない』
さらに、あの日見せられた光景。
師匠ガルドが、木の枝一本で、見習い騎士の剣だけを正確に斬り落とした、あの瞬間。
(あれが……できるようになれば)
エリアルは枝を握る手に、少しだけ力を込めた。
――パキッ。
「あ」
枝が、あっさり折れた。
「……まだ、ダメかぁ」
苦笑いしながら、折れた枝を机の上に置く。
最近は、枝ですら折ってしまうことが増えてきた。
それは成長なのか、失敗なのか。
自分でも判断がつかない。
「師匠は、ああ言ったけど……」
エリアルは窓の外を見つめながら、独り言のように続ける。
「できれば、丈夫な剣の方がいいわよね。
制御できるようになるまで、剣が持たないんだもの……」
現実問題として、剣の消耗が激しすぎる。
公爵家の財力をもってしても、訓練用とはいえ剣を何本も折り続けるのは、さすがに気まずい。
使用人たちの視線も、最近やたらと優しい。
(……今日、鍛練休みだし)
エリアルは決意したように立ち上がった。
「武器屋、回ってみよう」
少なくとも、今までより“丈夫そうな剣”はあるかもしれない。
折れにくい素材、重い剣、特殊な鍛え方――。
希望は薄いが、何もしないよりはいい。
そう思い、エリアルは外出用の外套を羽織った。
---
王都の武器街は、今日も賑わっていた。
剣、槍、斧、弓。
店先には、誇らしげに磨かれた武器がずらりと並んでいる。
「……これも、普通ね」
一軒目。
「うーん、これも……」
二軒目。
「重いけど……たぶん、折れるわね」
三軒目。
どの店でも、結果は同じだった。
店主たちは胸を張って言う。
「王都一の切れ味だ!」 「騎士団にも納めている逸品だぞ!」 「この剣が折れるようなことは、まずない!」
だが、エリアルにはわかってしまう。
――自分が振れば、折れる。
実際に振るまでもない。
握った瞬間の“感触”で、限界が見えてしまうのだ。
(やっぱり……普通の剣ばかり)
武器街の通りを歩きながら、エリアルは肩を落とした。
師匠の言葉が、また胸を刺す。
『木の枝を折らず、相手の剣だけを斬れ』
それができれば、どんな剣でも折らずに使える。
理屈はわかる。
――でも。
「それが、簡単にできたら苦労しないわよ……」
自分の未熟さが、もどかしい。
強いのに、制御できない。
剣士として、致命的だ。
ふと、通りの端にある小さな武器屋が目に入った。
だが、そこもまた、見慣れた“普通の店”だ。
期待せずに視線を逸らした、そのとき。
(……あれ?)
胸の奥が、わずかにざわついた。
理由はわからない。
だが、なぜか「まだ何かある」と直感が告げている。
エリアルは、足を止めた。
「……今日は、もう少しだけ探してみようかな」
そう呟き、武器街のさらに奥――
普段はあまり足を踏み入れない区域へと、歩き出した。
その先に待つ“出会い”が、
彼女の運命を大きく変えるとも知らずに。
この日、エリアルはまだ知らない。
――剣を探しに出たつもりが、
剣に選ばれることになるということを。
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