第6話 「ドワーフの鍛冶屋は首を振る」

第6話


「ドワーフの鍛冶屋は首を振る」


 武器屋巡りは、思った以上に心を削られる作業だった。


 エリアルはその日、王都の裏通りから職人街まで、片っ端から武器屋を回っていた。

 剣、剣、剣。

 並んでいるのはどれも立派で、よく研がれ、名のある鍛冶師の銘が刻まれたものばかりだ。


 ――なのに。


「……うん、これも、折れそうね」


 彼女は剣を手に取るたび、同じ感想を胸の中で繰り返していた。


 もちろん、口には出さない。

 そんなことを言えば、店主に睨まれるのは目に見えている。


 実際、一本目の店でそれをやらかした。


『この剣は王都騎士団にも納めている逸品で――』 「へえ……でもこれ、振ったら折れますよね?」 『……は?』


 そこから先は、あまり思い出したくない。


 今はもう学習している。

 剣を見て、触って、重さを確かめて、何も言わずに戻す。それだけだ。


 だが、胸の奥では焦りが募っていた。


(このままじゃ、ずっと剣を折り続けるだけ……)


 脳裏に、師匠――老剣士ガルドの言葉がよみがえる。


『木の枝を折らずに、相手の剣だけを斬る。それができれば、どんな剣でも使える』


 分かっている。

 分かってはいるが――。


(できれば……丈夫な剣のほうが、いいじゃない)


 努力で補うべきなのは承知している。

 けれど、それでも「まず耐えてくれる剣」が欲しかった。


 そう思ってしまう自分を、エリアルは責めきれずにいた。


 夕方、最後に辿り着いたのは、石造りの小さな鍛冶屋だった。

 看板には、年季の入った文字でこう刻まれている。


《ドワーフ鍛冶 グラント工房》


 中に入った瞬間、鼻を突くのは鉄と炭の匂い。

 壁一面に、斧、剣、槍、金床、工具が並んでいる。


 カウンターの向こうにいたのは、背の低いが横に分厚いドワーフの男だった。


「……あ?」


 男はエリアルの顔を見るなり、露骨に眉をひそめた。


「お前……エリアルだな」


「え?」


 思わず足を止める。


「どうして、私の名前を……?」


 ドワーフは鼻を鳴らした。


「そりゃ知ってるさ。ガルドの弟子で、公爵家の問題児。

 剣を何本も折る、あのエリアルだろ」


「……っ」


 胸に、ちくりと痛みが走る。


 だがエリアルは一歩踏み出し、頭を下げた。


「お願いします。丈夫な剣を作ってください」


 ドワーフは、呆れたように天井を仰いだ。


「無茶言うな」


 即答だった。


「お前、自分が何言ってるかわかってるか?」


「わかってます。でも……!」


「でもじゃねえ」


 ドワーフはカウンターを拳で叩いた。


「俺は鍛冶屋だ。だがな、奇跡は打てん。

 並の剣士なら、どんな注文でも考える。

 だが――お前みたいな規格外は別だ」


 エリアルは唇を噛む。


「……私が、未熟だから?」


「そうだ」


 ドワーフは一切取り繕わなかった。


「力の制御ができていない。

 そんな状態で“折れない剣”を求めるのは、鍛冶への侮辱だ」


「……」


「剣が折れるんじゃない。

 お前が、剣を殺している」


 重い言葉だった。


 エリアルの肩が、わずかに震える。


「……でも」


 それでも、彼女は顔を上げた。


「制御は、必ずできるようになります。

 師匠にも言われました。

 木の枝で、剣だけを斬れるようになれって」


 ドワーフの目が、一瞬だけ細くなる。


「……ガルドが、そんなことを?」


「はい」


 しばしの沈黙。


 やがてドワーフは、深く息を吐いた。


「……なら、できるようになってから出直してこい」


「……」


「そのときは、俺も本気で考えてやる。

 だが今は無理だ」


 拒絶だった。

 だが、完全な否定ではない。


 エリアルは静かに頭を下げた。


「……ありがとうございました」


 踵を返し、扉へ向かう。


 その背中に、ドワーフの声が飛んできた。


「――待て」


 エリアルが振り返る。


「そういや……」


 ドワーフは顎に手をやり、思案するように言った。


「骨董商のワッケインの店に、

 けったいな剣があったな」


「……え?」


「勘違いするなよ。

 お前が求める剣かどうかは知らん」


 だが、その言葉に、エリアルの目が輝いた。


「どんな剣ですか!?」


「誰も持ち上げられん。

 仕入れたはいいが、十人がかりで店先に置いたままらしい」


「……!」


「それだけだ。期待するな」


 だがもう遅かった。


「ありがとうございます!」


 エリアルは勢いよく頭を下げ、工房を飛び出していった。


 ドワーフは、その背中を見送りながら、ぽつりと呟く。


「……口惜しいな」


 金床に置いた自分の拳を、ぎゅっと握りしめる。


「あれほどの剣士に、

 見合う剣を打てる腕が、俺にはまだない」


 炎の揺れる炉の前で、彼は低く笑った。


「いつか……いつか必ずだ。

 あいつのために剣を打てる日が来るまで、

 俺も鍛え直すとしよう」


 その言葉を聞く者はいない。


 だが、エリアルの運命は、確実に次の扉へと向かっていた。

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