第5話 「血塗れの選考試験」
道玄坂の裏通りに、死の匂いが立ち込めていた。
周囲のビルの屋上や路地の陰から、次々と現れるヴァンパイアたち。その数、12体。全員が新米だが、それぞれが独自の能力を持ち、生き残るために必死の形相を浮かべている。
屋上から見下ろす神宮寺陸は、まるで演劇の観客のように優雅に翼を広げていた。
「ルールは簡単だ。最後まで立っていた者だけが、僕と戦う権利を得る。そして勝者は、夜刀様の配下への道が開かれる」
陸の声が夜風に乗って響く。
「制限時間は日の出まで。それでは——開始」
陸が手を振り下ろした瞬間、地獄が始まった。
最初に動いたのは、俺の右側にいた筋肉質の男だった。両腕が石のように硬化し、表面に岩のような凹凸が現れる。
「新顔から潰すに限る!」
男の拳が俺の顔面に迫る。重い。速い。だが、鉄山との戦いで俺は成長していた。
「影の盾(シャドウシールド)!」
足元の影が立ち上がり、黒い壁となって男の拳を受け止める。ガギィンという金属音が響き、衝撃で地面にひびが入る。
「硬ぇな!だが——」
男が両拳を振り上げたその時、彼の背後から別のヴァンパイアが襲いかかった。
「邪魔だよ、筋肉バカ!」
鋭い爪を持つ女が、男の背中を切り裂く。血飛沫が舞い、男が前のめりに倒れた。
「一匹目ゲット♪」
女が勝ち誇ったように笑うが、その笑顔は長続きしなかった。地面に倒れた男の血液が、まるで意思を持ったかのように蠢き始めたのだ。
「血液操作……!」
別の場所から、妖艶な声が響く。黒いドレスを着た女性ヴァンパイアが指を動かすと、爪女の身体が強制的に動かされ、自分の爪で自分の喉を掻き切った。
「二匹目」
ドレスの女が冷たく呟く。
だが、その瞬間——女の頭部が爆発した。
「効率的にやらないと」
無表情な少年が、手のひらを向けながら淡々と呟く。
「俺の能力は『圧力操作』。脳内圧力を急上昇させた」
少年は三つのルーンを素早く回収する。
俺は、この混乱に乗じて距離を取ろうとした。だが——
「逃がすかよ!」
背後から、両手が巨大な鎌に変化した男が迫ってきた。
「影使いだろ?珍しい能力だ。そのルーン、俺がもらってやる!」
鎌が振り下ろされる。俺は咄嗟に影潜りを試みたが、周囲の戦闘の影響で影が乱され、完全に潜ることができない。
ザシュッ。
鎌が俺の左肩を掠め、血が飛び散る。
「当たったか!」
男が勝利を確信した瞬間、俺は反撃に転じた。
「影の刃(シャドウブレード)!」
巌から渡された短剣に影を纏わせ、リーチを倍に伸ばす。黒い刃が男の脇腹を貫いた。
「ぐあっ……!」
だが、男は死なない。心臓の位置が違うのだ。
「甘いぜ!俺の心臓は——」
男が反撃しようとした瞬間、別の方向から炎の奔流が飛んできた。
「燃えろォォ!」
炎使いのヴァンパイアが、無差別に攻撃を放っている。鎌の男が炎に包まれて絶叫した。
俺は影潜りで炎を回避し、戦況を冷静に分析した。
戦いが始まって10分。既に半数が脱落していた。
残っているのは、俺を含めて6体。炎使いの男、圧力操作の少年、電撃を使う女性、巨大化する能力を持つ大男、そして正体不明の痩せた男。
地面には無数のルーンが転がっているが、誰も迂闊に拾いに行けない状況だ。
「まだまだ楽しめそうだね」
屋上から陸の声が降ってくる。
「でも、このペースじゃ日の出までに終わらないよ?もっと本気を出したらどうだい?」
陸の挑発に、炎使いが激昂した。
「うるせぇ!」
炎使いが屋上に向かって巨大な火球を放つ。だが、陸は優雅に翼で回避する。
「残念。当たらないよ」
その瞬間を、俺は見逃さなかった。
「影の領域(シャドウドメイン)!」
俺は一気に影を拡散させ、路地裏全体を支配下に置いた。街灯の影、ビルの影、そして生き残ったヴァンパイアたちの影。全てが俺と繋がる。
「な、何だこれ!?」
巨大化の男が自分の影に足を取られる。
「影が勝手に動いてる!」
電撃女も困惑している。
俺は影を操作し、複数の敵の影を互いに引き寄せた。強制的に接近させられた敵同士が、反射的に攻撃し合う。
「邪魔だ!」
「きゃあっ!」
巨大化の男の拳が電撃女を直撃し、電撃女の反撃が男を感電させる。二人とも致命傷を負い、同時に光の粒子となって消えた。
「頭がいいな」
圧力操作の少年が、無表情のまま俺を見据える。
「でも、僕も似たような戦法を考えていた」
少年が手を向けると、炎使いの男の頭部が破裂した。
「三人目」
少年は淡々とルーンを回収する。
残ったのは、俺と少年、そして正体不明の痩せた男の三人だけ。
「面白くなってきたじゃないか」
痩せた男が初めて口を開いた。その瞬間、男の姿がゆらりと揺れ、半透明になる。
「俺の能力は『透明化』。見えない敵は倒せないよね?」
男が完全に消失する。だが、俺には影の領域がある。
「見えなくても——」
俺は地面の影を操作し、透明化した男の足音を追跡した。
「影で感知できる!」
影の槍を透明化した男の位置に向けて放つ。
「ぐあっ!」
男が再び姿を現し、肩を押さえる。
「バレたか……!」
だが、その隙を圧力操作の少年が見逃さなかった。
「終わり」
少年が手を向けると、透明化の男の頭部が爆発した。
「これで最後の二人だね」
少年が俺を見つめる。その目は、まるで機械のように冷たかった。
「君は何のために戦っているの?」
「……家族を守るため」
「家族?」
少年の口元が、わずかに歪んだ。
「僕にも家族がいた。父も、母も、妹も。でも、覚醒した夜に全部食べちゃった」
心臓が凍りつく。
「特に妹の心臓は美味しかったよ。君の妹も、きっと美味しいんだろうね」
「テメェ……!」
怒りが爆発した。俺の影が暴走し、路地裏全体を覆い尽くす。
「影の侵食(シャドウコローション)!」
俺の影が地面を這い、少年の影に侵入する。
「ッ!?」
少年が圧力操作で反撃しようとするが、影が体内に侵入してしまえば、もう遅い。
「お前みたいには、絶対にならない!」
俺は影の手で少年の心臓を握り潰した。
「そう、か……君も、結局……同じ、だ……」
少年は最後にそう呟いて、光の粒子となって消えた。
静寂が戻ってきた。
地面には十数個のルーンが転がっている。俺は膝をついて荒い息を吐いた。
「素晴らしいショーだったよ、蓮くん」
陸が目の前に降り立った。拍手をしながら、満足そうに微笑んでいる。
「特に最後の怒りの爆発。影が暴走するほどの感情。美しかったよ」
「約束通り、お前と戦う」
俺は立ち上がり、短剣を構える。
「その前に、ルーンを回収したらどうだい?せっかくの戦利品だ」
俺は警戒しながら、最も近いルーンを拾い上げた。口に運ぶ。
鉄の味。そして、流れ込んでくる記憶の断片。
炎使いは元消防士だった。火事で家族を失い、絶望の中で覚醒した。
圧力操作の少年は、元々精神を病んでいた。家族への憎悪を抱えたまま覚醒し、その衝動を解放してしまった。
「ウップ……」
吐き気がする。彼らの人生が、苦しみが、全て俺の中に流れ込んでくる。
「慣れるよ。そのうち、何も感じなくなる」
陸が俺の肩に手を置いた。
「それが、僕たちの生き方だ」
俺は陸の手を払いのけた。
「俺は、お前とは違う」
「本当に?」
陸の目が冷たく光る。
「君は今夜、11人を殺した。彼らにも家族がいたかもしれない。夢があったかもしれない。でも君は、自分の家族を守るために、彼らを殺した」
「それは……」
「正当防衛?自己防衛?どんな言い訳をしても、君は人殺しだ。僕と同じ、化物だ」
陸の言葉が胸に突き刺さる。
「でも、それでも——」
俺は短剣を強く握りしめた。
「人間でありたいと願う気持ちまでは捨てない」
「……そうか。なら、力ずくで分からせるしかないね」
陸の全身から青白い電光が迸る。
「僕の能力は『電撃操作』。君の影なんて、光速の電撃には無意味だ」
バチバチバチッ!
空気が帯電し、髪が逆立つ。
「来い、蓮くん。君の覚悟、試させてもらうよ」
電撃と影の激突
俺は影の領域を再展開した。
「影の領域(シャドウドメイン)!」
「無駄だと言っただろう?」
陸が手を振ると、雷撃が俺に向かって放たれた。光速の攻撃。避けられない。
だが——
「影の同化(シャドウアシミレーション)!」
俺の身体が影と一体化する。電撃が俺の身体を貫通するが、物理的なダメージはない。
「な……!?」
「影は実体でもあり、空間でもある。エネルギー攻撃は通すが、致命的なダメージは無効化できる」
俺は影の中から複数の針を射出する。
「影の針(シャドウニードル)!」
陸は翼で防御するが、その隙に俺は接近していた。
「影の刃!」
漆黒の短剣が陸の脇腹を掠める。
「ぐっ!」
初めて、陸の顔に焦りが浮かんだ。
「やるじゃないか……!」
陸が本気になる。全身から放たれる電撃が、周囲の建物を焦がす。
俺も限界まで影を操作する。二人の能力がぶつかり合い、路地裏は光と闇の戦場と化した。
だが、相性の差は如何ともし難い。電撃の光が影を消し、俺の攻撃は次々と無効化される。
「まだ君には早すぎる」
陸の強烈な雷撃が俺を直撃した。
「ぐあああああっ!」
全身が焼けるような激痛。神経が麻痺し、身体が動かない。
「力の差がありすぎる。でも、殺しはしないよ」
陸は俺の髪を掴み、顔を持ち上げた。
「君はまだ成長できる。もっと強くなって——」
その時だった。
「そこまでだ」
重く、圧倒的な声が響いた。
路地の入り口に、一人の男が立っていた。黒いスーツに身を包み、完璧に整えられた黒髪。30代前半に見える端正な顔立ち。だが、その存在感は圧倒的だった。
周囲の空気が凍りつく。時間の流れが歪む。
「夜刀、様……」
陸が恐怖に顔を青ざめさせ、恭しく跪いた。
真祖。東京を支配する頂点の存在。夜刀零。
「神宮寺陸。勝手な真似をしたな」
夜刀の声は穏やかだが、その奥に計り知れない力が潜んでいる。
「申し訳ございません。ですが、有望な新米を見つけたので——」
「お前の判断で動くな。私の許可を得てからにしろ」
「はい……」
陸が項垂れる。そして、夜刀の視線が俺に向けられた。
「松本蓮。影の操作者か」
夜刀が一歩踏み出す。それだけで、俺の全身が金縛りにあったように動けなくなった。
「面白い。覚醒3日目で、これほどの戦果を上げるとは」
夜刀が俺の前に立つ。その瞳を見た瞬間、俺は理解した。この男は、次元が違う。
「お前に選択肢を与えよう。私の配下になるか——」
夜刀の手が、俺の心臓のある右太ももに向けられた。
「それとも、ここで死ぬか」
心臓の位置を、見抜かれている。
「どちらを選ぶ?」
夜刀の問いかけが、夜風に乗って響く。
俺は、答えを探した。だが、喉が渇き、声が出ない。
この男の前では、俺はただの虫けらに過ぎない。それでも——
「……まだ、答えは出せません」
震える声で、俺は答えた。
「では、考える時間を与えよう。一週間後、再び会おう」
夜刀は踵を返し、闇の中に消えていった。
残されたのは、俺と陸だけ。
「君は運がいい」
陸が立ち上がりながら呟いた。
「夜刀様に興味を持たれるなんて、滅多にないことだ」
陸も翼を広げ、夜空へと舞い上がった。
「一週間後、君の答えを聞かせてもらうよ」
俺は一人、血塗れの路地裏に立ち尽くしていた。
真祖との遭遇。そして、一週間という猶予。
俺は、どちらを選ぶべきなのか。
境界線の向こう側で、さらに深い闇が俺を待っていた。
渋谷ヴァンパイア戦記 @SSeeSS
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