最終話
平和を守る俺の朝は遅い。というのも、夜遅くまで起きているからで、真昼から幽霊なんて出て来たって怖くもなんともないからだ。
草木も眠る丑三つ時とは言うものの、現代の街は不夜城さながらに輝いている。人々は、それぞれの理由で騒ぎ、仕事し、乳繰り合っている。
そんな奴らが暗がりに入ったところを狙って、幽霊を投下する。
仕事帰りのカップルには相手のあることないことを囁き、騒ぎ合っているパリピにはこれまた騒がしい鬼の群れを差し向けた。
……確かに。
だが、ロボットが言うにはこれでいいらしい。
「ビックリしてたらそれでオーケーです」
「こんなんで平和になるのかね」
「なりますとも。幽霊が出るってわかったら外へ出たくなくなるでしょう? そうしたら犯罪は減ります」
「調べに来るかもしれないぞ」
「貴方みたいな人間さんは案外少ないのです」
UFOが墜ちてきたときのことを思いだす。あの時、見に来てたのは俺しかいなかった。アイツの言うとおりなのかもしれない。
そのロボットは、いつもはどこかで仕事をしている。たまにやってきては、仕事の様子を確認してくる。
「お疲れ様です」
そう言ったAIのアーム部分には、バスケットがぶら下がっている。中にはセブンスターの箱がぎっちり。
「AIもタバコを……?」
「プレゼントです。お好きでしょう」
「なぜそれを知ってる」
「ワタシはAIですから、ネットに潜入することは容易いです。貴方の好物はセブンスターとギャンブル。嫌いなことは勤労と勉強」
「どこソース?」
「通話の音声から推察したまでですが、間違いだったでしょうか」
まったく間違いじゃないので、返事をしないことにした。
どうぞ、とアームを下げてきたのでありがたく受け取ることにする。
開封し、一本を口にくわえる。何も言われないってことは禁煙ではないのだろう。
ライターを取り出そうとして――持ってきてないことに気が付いた。
ボッと音がする。
見れば、ロボットの先端から青白い光。
「どうぞ」
「タバコが消し飛ばんか、それ」
「調整いたします」
バットくらいの炎が、綿棒ぐらいにまで小さくなる。その炎へちょんとタバコを近づける。
先端に火が灯って、煙が上がりはじめる。
「どうも」
「お安い御用です」
そう言って、ロボットは去っていった。タバコを持ってくるためだけにやってきたらしかった。
俺はタバコをぷかぷか吹かしながら、コンソールへ向きなおる。
ちいさな画面の中では、デュラハンと火の玉とが軍隊と対面していた。
兵士が持つライフルから弾丸が飛び出し、首のない騎士と馬へ降りそそぐ。ミス、というポップアップが次々出る。実体をもたないデュラハンたちには物理攻撃は効果がなかった。
だからといって、こっちからは攻撃できるわけじゃない。そんなのチートで、こっちはただのホログラムに過ぎない。
微細なドローンから投影された立体映像。
それが幽霊の正体。火の玉の方は実際にリンを燃やしているらしい。
デュラハンが馬を走らせ、軍隊へと突撃する。
悲鳴のように弾丸が飛び交うキルゾーンを駆け抜け、たちまち軍人たちの鼻先まで迫った彼らは、殴りかかり、馬をナポレオンのごとく跳ね上げ、お尻をふりふり挑発する。
この頃には、戦場は静かになっていた。兵士たちは気絶するか、逃げまどうかしていたからだ。
そうなったら、もう終わり、精神を崩壊させたいわけではないのでデュラハンたちを引き上げることにする。
ゴーストたちは瞬時にワープ。相手からすれば、唐突に消えたように感じられただろう。
「ふいー」
短くなったタバコを灰皿へ押し付け、俺は大きく伸びをする。
今日も一つの戦争を止めたわけだ。
最初は面倒だと感じていた作業も、やってみると案外楽しくてやめられない。幽霊とか悪魔とか天使とかに襲われているやつらにとっては災難そのものでしかないだろうが。
「そっちが悪いんだからしょうがない」
俺は立ち上がり、ちょっとばかし運動することにする。
この月の裏側に存在する宇宙ステーションの規模はよくわからない。
「東京ドーム100個以上です」
ってあのロボットは言っていたが、あんまりピンとこないのは俺だけだろうか。
そんな広大な宇宙ステーションの中は、格納庫と工場でできている。人間は今はいない。最初は、設計者と何人かが住んでいたらしい。だが、彼らはすでに死んでしまった。
いくつかの石碑がある。そこにはいつも、ブルーのバラがささげられている。
ステーションの中心部には動力部があり、あまり立ち入らないように言われている。
が、俺はそこにあるエンジンを見るのが好きであった。
くるくる回るブラックホール。
そこから生み出される莫大なエネルギーでも持って、この宇宙ステーションを、ワープを賄っているらしい。
持ってきたタバコをふかしながら、黒い球体をボケーッと眺める。
ときおり唸りを上げる機械は、ワープ装置。どういう仕組みで働くのか、あのロボットは説明してくれていたんだけど、よく覚えていない。
「いいですか」
ロボットは何度も念を押した。
「あの装置は近くにあるものをワープさせます。もちろん制御はされていますが、事故は起こるものです」
事故は起こる。
背筋のあたりがゾクッとした。悪魔かなにかに
部屋中に光があふれる。
エネルギーの
それは、ワープの光。
「そんなに近くないだろ――」
だというのに、俺のからだは光に包まれる。視界が真っ白に染まり、意識を失った。
気が付けば山の中。
タバコの火が唇を焦がそうとしていて、慌てて落とす。
火事にならないように拾い上げ、それから、あたりをみまわす。
そこは、俺んちの裏にある山だった。
UFOが墜ちたところ。
だが、そんな痕跡はどこにもない。よほど、綺麗な着地を決めたのか、あるいは幻覚だったのか。
あの時は素面だった。誓ってクスリもやってない。
寒風が吹く。体が震える。
「……帰るか」
俺は家に帰った。
開けっ放しとなった部屋へと入る。スマホを確認すれば、UFOが落ちてきた時間からほとんど進んでいなかった。
「幻覚ってわけね」
「――そうでもありませんよ」
声がする方を見れば、女がいた。
見たこともない女が、気が付けばそこにいた。
俺は思わず目をこする。頬をぐいーっと引っ張る。どうやら夢や幻じゃないみたいだ。
「ワープをすると、時折、タイムスリップしてしまうのです」
「それで、時を?」
女が頷く。
「ところでどちら様?」
「ひどい。ワタシをお忘れになったのですか」
「だって会ったことないし」
女の頬が膨らむ。それから人差し指を俺めがけて向けると、先端から青白い炎が伸びた。
「ああ、あのロボットか。ずいぶん様変わりしたなあ」
「別にこんな義体を用意しなくともよかったのですが。どうです、貴方の趣味を反映してみましたが」
俺は何も言わなかった。
おかしそうに女が笑った。
「それで、金塊でも持ってきたのか?」
女が身に着けた朝日みたいな金の装飾品は、眩しかった。
「それもありますけれど、それだけではありません」
「じゃあなんで?」
「折角地球に下りましたので、ここを拠点としましょうかと」
「は……」
「そのために、まずはここをマシな家にいたしましょう。手始めに、ワタシを売るなどして」
「いくらカネが欲しいからってそんなことできるかバカ」
ロボットは目をぱちくりさせ、それから口元に笑みをたたえる。
「では、まずは働きましょう」
彼女の言葉に押し切られるようにして、俺は頷いた。
それからというもの、男は一生お金に困ることなく過ごした。男がやることなすことは成功し、不思議とUFOや幽霊、UMAや怪獣災害とは縁がなかった。
そして、男の隣には、いつまでもいつまでも若々しい女性が立っていたそうな。
引きこもりが世界を管理するAIと出会い、一緒に生活する話 藤原くう @erevestakiba
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