第2話

「サルじゃなければ、そうだろうな」


「あなたは豊臣秀吉ですね?」


「そっちのサルじゃねえよ! カテゴリ的には一緒だけどな」


「ホモサピエンスさんがどうして宇宙ステーションへ?」


 俺は首をかしげる。


 うちゅうすてーしょん?


 教育番組の合いの手みたいな返事をしてしまった。


「はい。ここはラグランジュ2にあります宇宙ステーションの第9格納庫です。ご存じないのですか」


「ご存じないです。何そのロボットアニメに出て来そうな単語は」


「月にも地球にも落ちない、いい塩梅の場所です」


「待った。本気で言ってる?」


「ワタシにはジョークを言うプログラムは存在いたしません。できることと言ったら、トーチで修理することだけ」


 突起の先端から青い炎が伸びる。その炎の舌が俺の前髪をぺろりと舐めた。


「危っぶな!? チリチリになるから向けんなこっちに!」


「失礼、あなた方はタンパク質でできているのでしたね、失礼失礼」


「これでジョークできないは嘘だろ……」


「とにかくですね、なぜ人間さんがこちらへ? アルテミス計画は第5次をもって終わったはずでは?」


「あそこのUFOに乗りこんだら、なんか閉まってよ。気が付いたらここへ」


 そのロボットは、キュルキュルUFOへ近づいて、中へ乗り込んだ。


 ウィンウィンギュインギュイン。


「なるほど。大気圏突入時にプログラムに異常をきたしたようです。それを自己修復している間に、人間さんは入ってきたと」


「帰れないのか」


「余裕です」


「だったら早く返してくれ。お土産をくれたっていいぞ」


 ジョークのつもりで言えば、いいですよ、とロボットは返した。


「ホントに? 月の石とかじゃダメだぞ」


「もちろん。金塊くらいしかありませんけれど」


「十分すぎる」


 どれほどの金塊かは知らないが、純金なんて小さくてもかなりの価値がある。それがあれば、隙間風のひどいボロ家よさらば、父の鼻先に渋沢栄一の束を叩きつけられるかも。


「とはいえ、折角ですし、ワタシのお手伝いをしていただけないでしょうか」


「お手伝い?」


 俺の言葉に、ロボットは長いアームを縦に動かした。頷いた、と気が付いたのはちょっとしてのことだった。






 ロボットの後に続いて、いくつもの廊下を過ぎた。その間に、ヒトとは出会わなかった。宇宙人だっていなかった。


 いるのは似たような見た目のロボットばかり。そのロボットたちも先へ進めば進むほどに、数が減っていった。


 たどり着いたのは1つの部屋。


「ここが宇宙ステーションの中枢です」


 どうぞ、と言うロボットに続いて俺も中へ入る。


 そこは、大きな機械が鎮座する部屋。


 先ほどのUFOの格納庫の方が広かったが、こっちは図書館の本棚みたいなマシンがそこかしこに並んでいる。


 部屋の中は冷気に包まれている。だが、ピコピコ光るマシンのそばは、排熱のせいか春の陽気みたいにあたたかい。


「あそこに見えますのが、ここを取り仕切っているマシンです」


「でっかいパソコンってこと?」


「そうですね。その中にワタシがいるというわけですね」


 隣のロボットが、自信ありげにアームを上げた。腕があったとしたら、サムズアップしてたかもしれない。


「で、何をすればいいんだ」


「そこにコンソールがありますよね? そうそうそれそれ、クリーム色のものです」


 あった。古めかしいキーボードが内蔵された小さなパソコン。IBM5100みたいなやつだ。


 こんなレトロなやつが動くのだろうか。そんな疑問をぶち壊すかのように、小窓のようなモニターに光が灯った。


 映し出されたのは正方形が敷きつめられたタイル。その1つ1つには模様があった。緑だったり青だったり茶色だったり灰色だったり……。


「なにこれ」


「シミュレーションゲームだと思っていただければ」


 そう言われて画面を見れば、確かにそんな感じがする。緑は木で、青は海とか川、茶色は砂漠、灰色の建物はビルだ。


「デバッガーにでもなれと?」


「いえ、製品として完成しておりますし、これは人間さんようのものですから」


「AIがゲームを嗜むだなんて知らなかった」


「まさか、本物ですよ」


 本物て。シミュレーションという単語と矛盾しているじゃないか。


 などと考えている間に、ロボットがにゅっとアームを下げてくる。火の噴きだす突起物を器用に動かして、キツツキみたいにキーボードを叩いていく。


 タイルをカーソルが走り、何かが登場する。


 カップをひっくり返したそれは、UFO。それがビルの前まで移動する。アイコンが現れ、攻撃する、が選択される。


 UFOから放たれた光線がビルを破壊する。


 そんなドット絵のアニメが流れた。


「ざっとこんなものです」


「こんなものって」


「侵略シミュレーションと言ったところでしょうか」


「だから――」


「あなたには侵略のお手伝いをしていただきたいのです」


 俺はゴクリと息を飲んだ。今まで親し気に感じていた、ロボットの動きが急に不気味なもののように感じられた。


 大きなレンズがキュインと鈍く輝く。


 こてんと、そのアームが横を向いたのは不意のこと。


 汗とかありとあらゆる分泌物を漏らしかけた俺をよそに、機械的な音が笑い声のように響いた。


「冗談です」


「お、驚かせるなよ」


「人間さんに危害を食わえるなら、こんなところへ連れてこないで拷問室に連行するに決まってるではありませんか」


「…………」


「あくまでフリです。侵略しているふり。そうすれば、人間さんたちはケンカをしませんから」


 俺はロボットを見た。機械機械した見た目から、感情を読み取ることなんてできなかった。


「戦争をさせないために、UFOを?」


「UFO、幽霊、火の玉に怪獣なんかも」


「またまたー」


 このロボットはまたしてもジョークを言っているらしい。ほら、小粋なジョークに機械たちも笑い転げるように音を上げてる。


 だが、しかし。


 ロボットに案内されて行ったところには、幽霊も火の玉も、怪獣だっていたのだった。






「いいですか。被害はなくてもいいですから、いい感じに暴れてください」


「いい感じってどんな感じだよ」


 俺は、説明下手な教授を相手するときのようにロボットを見上げる。


 火を噴くことしかできないとか言っていたロボットは、懇切丁寧に使い方を教えてくれる。


「てか、仕事はいいわけ?」


「平気です。ワタシはすべてワタシですから」


 ロボットが胸を張る。それに合わせて、巨大なマシンが唸りを上げた。どうやら、コイツもアイツも『ワタシ』らしかった。


「それでなんとかなっていますから。それよりも作業は覚えましたか? コマンドは?」


「いちいちうるさいなあ。覚えてるって」


「大切なのは、危害を出さないことです。わからないものがあるだけで人間さんは怖がります」


「そっちの方が怖いがな」


 いつ火を噴くのかとひやひやしてるよ、こっちは。


 そんな作業用ロボットに見守られながら、俺はキーボードに指を乗せる。


 ええっと。ユニットを選択して、矢印キーで操作するっと。


 ユニットには、先ほど散歩感覚で案内された兵器たちが並んでいる。UFO、幽霊、火の玉、巨大ゴリラに巨大ワニ、神様に邪神様となんでもござれ。


 とりあえず、UFOにしてっと。


「これでおどかせばいいんだろ?」


「怪我をさせないように。あとできたら、撃墜されないようにお願いしますね。資源は限られていますから」


「正義の味方が世知辛いな……」


「ワープも最初だけしか使えませんからね」


「わかってるよ」


 最初に選択した場所と、離脱するときだけワープが使える。常にワープできないのは節約のためらしい。


 そんなわけで、俺はワープさせる場所を考える。


「AIはどこへ行きたいのっと」


「秩父山みたいなとこじゃなければどこでも」


「じゃ、東京タワーの真上とか」


 どうせならと、東京マップを開く。街中にでんとそびえる赤い鉄塔も、マップ上では押しつぶされたみたいにペラペラだ。


 そこにUFOを移動させる。


 今ごろ港区は、異世界からロボットが現れたみたいなパニックになってることだろう。


「いいですね。センスあります」


「そうか?」


 別に俺じゃなくてもできるだろ、こんなこと。だが、褒められるのは悪い気がしない。


 UFOに見えるよう、ジグザグジグザグ移動させる。


「ビーム出しちゃうか」


「レーザーなのですが。それはともかく、人間さん多いので危険かと」


「や。空めがけて」


「なるほど――付近に機影なし。レーダーに反応なし」


 ロボットの首がグルングルンと回る。歌舞伎かなにかの振り付けみたいだった。


「そんなことまでわかんの?」


「中枢AIからデータをもらってきただけです。あ、戦闘機を確認しました。逃げてください」


「なんかバリアとか――」


「テニスボールくらいのバリアなら」


 そんなせこいバリアには頼ってられないので、とっととUFOを逃がすとした。


 その速さたるやミサイルが追い付けないほど。中にいた俺がミンチよりもひどい有様にならなかったのが不思議だ。


「慣性制御が働いていますから」


「よくわからないってことがわかった」


 あっという間に戻ってきたUFOを宇宙ステーションへ。どこにも傷はない。HPバーは1ドットだって削られちゃいなかった。


「お疲れさまでした。この調子でお願いしますね」


「は? まだやんなきゃなの?」


「金塊を上げますから。風呂トイレ付きですよ」


「……ごはんは?」


「なんと…………あります」


 俺はお世話になることに決めた。断じてご飯につられたわけではないからなっ。

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