引きこもりが世界を管理するAIと出会い、一緒に生活する話

藤原くう

第1話

 俺には夢がある――。


 偉人のセリフっぽくダッシュ付きで言ってはみたが、空しいだけだった。


「埋蔵金でも降ってこねえかなあ」


 徳川だろうが黒ひげだろうが、テンプル騎士団でも何でもいい。なんなら霞ケ浦に眠るという幻の秘宝でもいい。


 そうすりゃ、こんなしみったれた四畳半から出られるのに。


 四畳半をにらめば、キャメル色に染まった壁。先住民がふかしまくったマルボロのせいだ。隙間だらけの畳には意味深な爪痕つめあととシミがたっぷり。


 家賃15000円。


 実家からの仕送りは半年前に途絶えてしまった。1年ばかし麻雀に熱中して留年が決まっただけじゃないか。たぶん九蓮宝燈ちゅうれんぽうとう和了あがったのをねたんでいるんだろう、そうに違いない。


 ゴロンと寝転がると、どこからともなく入りこんでくる隙間風が寒かった。


 バイトでもすればいいのかもしれないが、親のすねをかじりまくった体はサビついた金庫みたいに動かない。


 ギャンブルは……もうとっくにやったんだったか。空へ浮かびあがりそうなほど軽い財布の中には、有馬記念のはずれ馬券が入っている。


「……死んでやろうかな」


 落研のやつから伝授された死神召喚の呪文を唱えようとした矢先、窓の向こうが明るくなった。


 うちの窓が面しているのは裏山である。当然、光るようなものはない。


 なんだなんだと野次馬根性丸出しで、俺は窓を開けた。


 寒風が部屋の中に入りこんでくる。だが、まったく気にならない。


 だって、凍てつく空をフラフラ右に左に揺れる物体が、今まさに裏山へと墜落したんだから。


「UFO」


 思わず、呟く。


 それから、部屋を飛び出す。


 埋蔵金でも死神でもなければ隕石でもない。


 マジモンの未確認飛行物体がちてきたんだ。






 果たしてUFOはあった。


 コーヒーカップをひっくり返して皿の上に置いたみたいなコテコテのやつだ。


 銀色のカップのところに扉があって、入ってください、とばかりに開いている。UFOの大きさは……一軒家くらい。扉も2メートルあるかないかってところか。


 となると、中にいるであろう宇宙人も俺と大差ないサイズ感。


「ついに功夫の出番か……」


 通信教材で習ったかいがあったというものだ。


 アチョーと片脚で立とうとしたが、倒れそうだったので止めた。


 周りを見て、銀色の宇宙人と『ドッキリ大成功』の看板を持ったカメラマンがいないかを何度も確かめ、俺はUFOの中へ。


「うわあ」


 思わず声が出る。


 船内はワンルームのような広さだ。円形の壁にはケーブルがツタのように張り巡らされ、いくつかの機械はイルミネーションのようにピカピカ光っている。


 それ以外には何もない。


 あるのは空洞だけ。


 脚がタコみたいな宇宙人も、緑色の宇宙人も、透明な宇宙人さえもいないみたいだ。


 何も見るものもないし宇宙人もいないんじゃあ、面白くない。


「もしもーし、だれかいないのか」


 返事なし。


 もしかして、やっぱりドッキリだったんだろうか。このまま外へ出たらカメラマンに囲まれ、俺の醜態しゅうたいが全国放送される、テレビの向こうの両親に指をさされる、先輩となった大学の同期が顔を見にやってくる、などということになりかねない。


 どうするものかと考えていたら、扉が閉まった。


 なにゆえに、と扉を開けようとするが、壁はツルツルで切れ目一つない。


 ドンドンドンと叩いてみても変わらない。タックルしてもダメ。


「閉じこめられた」


 というか、なぜ扉は閉まったんだろうか。もしかして、すでに宇宙人はこの中にいる?


 そう思って、UFOの中を走り、ジャンプし、ゴロゴロ転がってみるが、何にも触れない。


 見ることもできなければ触ることもできないのか。


 そんなヤツと一緒にいるとしたら、プルプルふるえて泣きたくなってくる。


 できることなら、絶世の美女であってほしい。仮に、地球人類を主食とするような生命体であったとしても。






 UFOの中に閉じ込められて、どれくらい経ったのか。


 これほどスマホを持ってくればよかったと後悔したことはない。スマホがあったら助けを求められるし、時間を確認することも宇宙人とツーショットを撮ることだってできただろうに……。


 窓がないから外を見ることもできない。


 UFOは今、地球を破壊して回っているのだろうか。そんな感じは一切しなかった。コップのふちギリギリまで注がれた水だってこぼれないに違いない。


 そう考えると、住んでいるボロ家よりもずっと居心地がいい。空気はウマいしハンバーガーでもあったらよかったが、そもそも宇宙人がマックを知ってるわけがなかった。


 しょうがないから、船内のど真ん中に胡坐をかいていた。


 暇である。暇だからいろんなことが頭をよぎった。お金、どこかの溝に落とした単位、父の鬼の形相、明日のごはん、明日の競馬予想……。


 考えるだけで頭が痛くなってくる。


「しゃーない。寝るか」


 ゴロンと硬い床に寝そべって、少し。


 ずしんと体が揺れて、俺は目を覚ました。


 空気の流れを感じた。それでやって来る方を見ると、扉が開いているではないか。


 俺は跳び起き、駆け出す。


 UFOを出ると、そこは工場のような場所だった。


 天井がはるか彼方にあるような、大きな部屋。その中には、UFOと同じものが無数に並んでいて、アリのように機械が群がっていた。


 そいつらの1つが俺へやって来る。


 ヒトと同じくらいのショベルカーを想像してもらいたい。ショベルがあるところによくわからない突起物があり、その下にはソフトボール大のレンズがついている。


 それが、キュッとキャタピラを鳴らして止まった。キュインと歯医者で聞くような音ともに、先端を向けてくる。


 俺は思わずホールドアップ。


 こ、殺されるのか? あるいは木にくくりつけられて火あぶりに――。


「おや、人間さんでありますか」


 ロボットはそう言った。

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